In youth

やっっっと書くことができました。リクエストいただいた品、In childhoodの続き?でございます……!いつもワンパタ製造機で申し訳ないです(´・ω・`)
書きたいというか書けそうだなぁと思った部分を切り貼りして書かせていただきました。いやぁめちゃくちゃ楽しかったです!リクエストしてくださった方、誠にありがとうございました!
お読みくださる場合は、「矛盾? こまけぇこたぁいいんだよ( ・`ω・´)v」の精神でお願いいたします。

──────

幼い頃、結婚の約束をした。
ひとめぼれだったが、ほんのひと時触れ合う中でその心根にも惚れた。
成長しもっと強くなって再会したときに、改めてプロポーズを、と夢見てもいた。
──それなのに。

「フン……生意気な面だ……」

約束の相手は、俺のことをすっかり忘れていた。

──────

ひと目見た瞬間に分かった。またあの子──キースに出逢えたと。
あの頃からほぼ印象に変わりはない。年齢の割に小柄な体躯。水色の三日月頭と、きらりと光を反射する色硝子を嵌め込んだような目。すぅっと通った鼻筋に、口元には葉巻。
……葉巻!?

「キースてめぇ! 自分の体は大切にしろぉッ!」

カッと頭に血が上って思わず声を荒げてしまった。だって親御さんからもらった大事な体をあいつは!
教壇上から上がった俺の突然の怒声に、クラスの連中がいっせいにビクッと姿勢を正す。が、当のキース本人は、悠然と葉巻を燻らすだけだ。

「バリー、とか言ったな。表へ出ろ」

「んんだと!? コラ」

売られた喧嘩は買う、チンピラ上等の俺はキースの挑発に乗った。ああ、記憶の中に在る幼いキースは、鈴を転がすような可愛らしい声だったのに、すっかり声変わりしちまって……!
めちゃくちゃ喜ばしいことじゃあねぇか、おい。好きな子がすこやかに成長してくれたんだから。しかもめちゃくちゃいい声。ちょっと目頭が熱くなっちまうのも仕方のねぇことだよな。
そう自問自答していると教室が俄にざわつき始めた。
『え、もしかしてアイツと知り合い?』だとか『じゃあ碌なやつじゃなさそうだな』だとか、好き勝手言いやがる。
一つ息を吐いて、依然葉巻を咥えたままのキースに言い放つ。

「いいぜ、キース。何が何でも俺のこと思い出させてやる」

──────

「忘れるわけなかろうが、バリーのばかもの!!」

中庭でぽかーんと口を開けて、俺はキースを見つめる。
教室のベランダから勢いで飛び降りた先がここだったわけだが、着地するなり叫んだキースに俺は度肝を抜かれた。あまりのことにしばらく言葉に窮する。
沈黙を破ったのは俺の震える声だった。

「や、やっぱり……キース、なんだよな?」

「見ればわかるだろう!」

腰に手を当てぷんすかしているキースによたよたと歩み寄る。途端に距離を取られた。何故だ。俺のことを覚えているのならあの約束も忘れているはずがないのに。

「どうしてそんな感じに……?」

「キャラ作りだッ!!」

俺はこめかみを押さえてしゃがみ込んだ。ついでに深い溜息。
きゃら……きゃらづくりって何だ。いや、別に言葉の意味を気にしているのではなく、何故そんなことをしているのか、という点が気になる。だってわざわざ作らなくても、十分すぎるほど魅力的なキャラだったじゃないか。

「……今の私のもう一つの呼び名はな。『無敵の子』だよ、バリー」

俺の内心を悟ったかのようなタイミングで、キースが低く語り出す。その二つ名を聴いて俺はハッと息を呑んだ。
顔を上げ、キースを見つめる。
キースは続けた。

「あの日。戦い方を教えてくれただろう? その時のおまえがとても眩しくてなぁ。『弱い自分はこの子に相応しくない』と、そう思った」

「強い弱いとか、相応しくないとか、そんなこと考える必要ねぇだろ……!」

「おまえは強いから、そう言えるんだ」

静かだが重い言葉だった。

「あの日からがむしゃらに戦った。自分の身を、誇りを守るために。おまえに再会したとき相応しい相手となれるように……。そうしたらなぁ、不思議なことに敵が増えていくんだよ」

それは当然のことだと断ずることが憚られるほど本当に不思議そうな声音だった。腕を組んで首を傾げて、『どうしてだろうなぁ?』とぼやいてすらいる。
喧嘩慣れすることはできても、もともとの育ちが良いためか、不良たちの暗黙のルールのような何かに気づかないままここまで来てしまったのだろう。弱い者ほど徒党を組む、そしてそういう奴等ほどその仲間意識が害されるようなことがあれば、相手を集団でリンチなり何なりにして幅を利かせようとするものだから。
俺がそばにいられない間、その事実を知らずたった独りで戦ってきた小さなこどもは、いつしか自身の立ち位置を見失ってしまったようだ。そして、周囲はそのこどもに『無敵の子』というレッテルを貼ったらしい。それがその子──キースにどれほどの孤独を強いるか考えもせず。

「──というわけでバリー、この私と勝負しろ!!」

どういうわけだ。
あまりの温度差にめちゃくちゃびっくりした。

「し、勝負なんかしなくてもいいだろ? だっておまえは俺の、」

お嫁さんなんだから。
そう告げる前にキースが腕のスプリングを活かして、俺の懐まで飛び込んでくる。おぉ、あの日教えたように自分の生まれ持った特性をちゃんと利用してるな。えらいぞキース、いい子だ。
そう感心していると、『ぼーっとしている暇など与えん!』とキースは叫び俺の超至近距離で呪文を唱えた。

「ガンズ・ギニスッ!」

「おまえがソノ気なら戦るけどよぉ」

板状の光線に拳をぶつけて打ち消す。
『何ぃッ!?』と愛らしく驚いてるところに一歩踏み込んでキースをつかまえる。両腕で抱っこしてやると、キースはじたばたと暴れた。

「離せぇ! まだ勝負は終わっとらんぞ!」

「この期に及んでまだ言うか。……キャラ作りも大事かも知れねぇが、」

そこで一息おく。

「久々におまえに逢えて俺はめちゃくちゃ嬉しいわけだが、そこら辺はどうなってやがる?」

そう囁いてやると、キースの全身から力が抜けた。

「私だって……嬉しいに決まってる……」

ちょっとヤケになったように呟くと潤んだ目で俺を見上げてくるので、可愛いなこのやろう、ちゅーしてやろうか!とか考えていると、頬に柔らかくてあたたかくてちょっと湿った何かが触れた。それがキースの唇なのだと、一瞬遅れて理解する。

「〜〜〜〜ッ!? おま、学校で襲われてぇのか!」

「望むところだ、と言いたいところだが、やはりキャラを崩すわけにはいかんからなぁ……」

顎に手をあてて真剣に悩むキースが今更過ぎて微笑ましくて、俺は笑った。
大笑いしている俺を見てキースが心外そうに言う。

「バリーだって硬派なイメージが崩れたらイヤだろう? だから私がおまえに勝利するまではいろいろとおあずけだな」

「はぁッ!? 結婚の約束までしてるのに?」

「無敵の子というもう一つの名前は、今しがたおまえに奪われた。だからそれを取り返したとき初めて、私はバリーに相応しい魔物になれる」

『今からバリーと私は、ライバルということになる!』、そう言い放つとキースは俺の腕の中から飛び降りた。
婚約者でライバルって何だよ……とは思いつつも、高笑いしながら葉巻に火を点けているキースを見ていると、どうしようもなく楽しい気分になってくる。作ってるっていうキャラにもなんだか愛着が湧いてきた。
でもやっぱり未遂に終わった唇へのキスが惜しくて、キースから葉巻を奪って思い切り吸ってやる。やったぜ、間接キスってやつだ。
キースの怒声を聴きながら、これからの学校生活に思いを巡らすのだった。

──────

今日も疲れた。へとへとだ。
元来体力には自信がない方である。作品を撮る時は寝食を忘れて体力の限界に挑む事もあったが、それもまだ青い頃の話だし、直接運動をするのとはまた別だろう。そんな私が何故こんなにも疲労しているのか。原因は今ベッドの上でぼふんぼふんと枕をセッティングしている魔物の子、キースにある。
日本料理店でこの子に出会ってそろそろ二ヶ月になるはずだ。上機嫌でテンプラと酒を愉しんでいたら突然『この本が読めるか』と蜜色の大型本を手渡され、正直に読めると答えたところからこのキースと共に戦う非日常がやってきてしまった。
今日は搦め手で攻めてくるタイプの魔物が相手だったため、今のところ攻撃一辺倒な術のみで戦う我々では少々骨が折れた。特に、我々のスタイルと私のスタミナの無さを早々に見破って本を直接狙いに来られること数度、そのたびに私は全速力で逃げ回る羽目になった。
私が追われている状態で術を放てば私に当たる、つまり戦えなくなると判断したらしいキースは、地団駄を踏んだり、かと思えば葉巻を燻らせながら私を囃し立ててみたりと危機感が有るのか無いのか微妙なリアクションをしていた。
何故私がこんな目に、と思いもする。しかし、だ。
たとえば、そう、今日の戦闘を乗り越えた時のキースの喜びようを目の前にしたとしよう。
ぴょんぴょんと飛び跳ね、小柄な身体全体を使って大はしゃぎするキース。色硝子を嵌め込んだような目はいつも以上に光を反射してキラキラと輝き、くたくたになっている私の手を取ってくるくると踊る。興が乗れば歌も歌う。「帰ったらイモ天を揚げてやるぞ!」の台詞も添えて。
その様子を見ていると、もう、なんだか遣る瀬無い気持ちはどこかに吹き飛んでしまうのだ。あくまでも私の場合は、だが。
私は家族を持たない主義だ。今まで親密になった相手が居なかったとは言わない。だが、作品を生活の中心に置いていると、ままならない事も多々あった。そもそも近づき過ぎた人間関係はえてして重荷となるものだと私は常々考えている。身軽さと孤独は作品の友。それはキースと暮らす今も変わらない私のスタンス、だった筈なのだが。
私だけの場所だったベッドの中心を陣取るキースを見て遠い目をする。
数週間前、なんとか私も戦いのノウハウを掴みかけてきた頃、キースが夜中に私の部屋を訪ねてきた。賃貸とはいえ部屋数は足りていて、キースにも一部屋貸し出していたにもかかわらず。枕を抱えて控えめに扉から顔をのぞかせたキースは、珍しく小さな声で入室の許可を求めてきた。少し面食らいながらも私が頷くとキースは喜び勇んで入室して私のベッドによじ登り、枕をセットすると実に安心しきった顔で眠り始めたのだ。その寝顔を眺めながら私は、悔しいがちょっと感動した。長らく独り身で親しい人間もつくらずやって来はしたが、その段階を数段飛ばしにして、こどもと暮らす気分をちょっと味わったからだ。そして、戦いや普段の振る舞いは背伸びをしてはいるが、この子(そう、まだこどもなのだ!)にもおそらく帰る家があって大事に育んでくれた親御さんが居るのだろうと思うと、なんだかたまらない気分になった。親戚の子でもあずかっている時はこんなこそばゆい気持ちになるのだろうか、うん、きっとそうだ。

「ベルン!」

枕をいい感じにセッティングできたらしいキースが、私の名をご機嫌に呼ぶ。
さあ来い、とばかりに手招きをされ、私は仕方がなさそうな風を装ってベッドに乗り上げた。
キースはその形質上硬質なイメージを抱くが、意外にもやわらかな部分も持ち合わせていて、なおかつぽかぽかと温かかったりもする。これが世に言うこども体温か、と心までぬくめられたものだ。

「今日も、バリーくん……だったか? には会えなかったなぁ」

寝転がりながら私が何となくそう口にすると、キースは跳ね起きて私の方をぐりん!と振り返った。

「それなんだが、よくよく考えたらまだ早過ぎることに気づいたのだ! 我々はディオガ級の術も使えないではないか」

この子はまだ強くなるのか……と、何か大きめのネタバレをされた気分になりながらも、私は続けた。

「そんなに強いのか、バリーくんは」

この質問に、キースの雰囲気がぱっと輝いた。心底嬉しそうなにんまり笑顔で語りだす。

「強いなんてものではないぞ? もちろん私も強いが、あの日バリーに出逢えていなければ今の私はない──」

そこからは、キースのひとり舞台だ。
幼い頃バリーくんと過ごした一日。そこで学んだこと。その時のバリーくんが如何に格好良かったか、きらめいていたか。以来どういう道をひとり歩んできたか。彼との再会がどれほど嬉しかったか。『無敵の子』としての矜恃と、バリーくんの『お嫁さん』になりたいという夢。その夢を叶えるためにはバリーくんに勝利しなければならないという決意。
途中、寸劇を交えてたっぷり説明してくれたキースに、小さく拍手を贈る。ひとつ芝居がかったお辞儀をすると、キースはぼふんっとベッドに沈み込んだ。

「──だからな、私は何としても、バリーに勝たねばならんのだ……」

眠気に負けそうなとろんとした声でキースは締めくくる。

「そうだったんだな。……ふぅ、さて、もう休もうか」

「ぅん……おやすみなさい、べるん……」

スムムと幼気な寝顔で眠り始めたキースを見て、『ああ、これがこの子の素なんだな』と思うと、いつも以上に抱きしめてあげたい気持ちが強くなった。私にそのケはない(とはいえ他者の好みなどを否定する気もない)が、キースに対する愛おしさと形容できそうな衝動が私の中に湧き起こる。
その気持ちをぐっと抑えて、そっと頭を撫でてやるに留めると、私も眠る態勢に入る。
バリーくんと戦うときが来たら、己の体毛数本くらいなら神にでも何でも捧げてやるから、どうかこの子の、キースの夢が叶いますようにと願わずにはいられなかった。

──────

「ゴデュファ!!」

「早いなキース、なんの迷いもないのか!?」

迷いなど、ある筈がない。
あの恐ろしく強い銀色の魔物が、全てが終わるまで自分たちを生かしておくとは思えなかった。用済みとなればどのような扱いを受けるかは自明だ。
ここを乗り切らなければバリーに出逢えない。そう思ったら体が勝手に動いていた。
──ああ、バリー。おまえは今何処にいるのだ?

──────

心なしか気分が悪い。
溢れる万能感に気持ちは高揚すれど、頭の中では警鐘が鳴り続けている。
それでも、私は生き残らなければならない。
目前の敵を迎撃する。迫る危機に対し、私にできることはこれしかなかった。卑怯だと、判っているにもかかわらず罠を利用し、一方的にガッシュたちを蹂躙していく。
意識はある。だが、何かが違う。自分が自分ではないようで、でも確かに自分の意志で攻撃を仕掛けている。何がなんだか判らない。
混濁していく視界に、そして意識の中に、鮮烈な青が現れたのはそんな瞬間だ。
ガッシュたちが沸く。その中、私を鋭い目つきで射貫くコバルトブルーの魔物──バリー。
私が何かを口走る。それにバリーが答える。
私は今何と言った? バリーは何を言っている?
判らない。
わからない。
勝たなければ、バリーに。
何故?
……わからない。
勝てない。勝ちたい。勝たなければならない。
自分の目的すら見失い、気づけば私は異形と化していた。それでもバリーに敵わない。全くと言っていいほど歯が立たない。
そんな私を見据えるバリーの真っ直ぐな瞳が揺らいだ、気がした。
その光景を最後に、私の意識は今度こそ混沌に飲まれていった。

──────

「はっ!……こ、ここは……?」

見慣れた筈の、だが懐かしい風景に目を瞠る。自分がどこにいるのか、数瞬理解が遅れた。
ここは私の自宅だ。それもベッドの上。
身動ぎをすれば軋む体を無理に起こすと、ベッドサイドの花瓶に花を活けてくれていたらしい使用人が、私を見て部屋を飛び出していった。それから直ぐに両親がやって来て、私を抱きしめてくれる。涙声で私の生存を喜んでくれる。
それをどこか遠くに感じながら、私は小さな小さな声で彼の名を無意識に呼んだ。

「バリー……」

もう二度と、逢えない、逢ってはいけない気がしていた。

──────

『還ってきてからバリーのやつ、妙にイライラしてねぇか?』

『元々だろ。っていうか、アイツ。ほら、キースのせいじゃねぇの?』

『あぁ、戦いが終わっても登校して来ねぇもんな』

『なんか聞いた話じゃ、すっげぇ卑怯なことした挙げ句バリーに負けたらしいぜ』

『マジかよ、やっぱ最低だな』

ざわつく教室で、そんな会話が耳に付いた。
最大術でも放ってやろうか、それともドルゾニスで再起不能になるまで抉ってやろうか。以前の俺なら、この考えを実行に移していただろう。だが、今の俺は自制心というものを身につけてしまっている。いくら腹が立っても、自分よりもはるかに弱い相手に苛立ちをぶつけることを良しとしない俺がいる。

「今はキレても良いんじゃねぇか」

横から俺に向けたらしい声が聴こえた。そちらを見ずに声の主、ロデュウに殺気をぶつける。しかし特に悪びれる風もなく、ロデュウは続けた。

「婚約者が馬鹿にされてるんだぜ? ここでブチギレずにいつキレるんだよ。それともお前、ヘタレか」

無視を決め込もうとしていたが、この台詞に思わず隣を見る。

「何で婚約者って知ってやがる……!?」

小声で怒鳴りつけると、ロデュウは肩をすくめた。あきれたような顔をしながら。

「そんなの、キース本人がふれ回ってたぜ? 『私はバリーのお嫁さんになるために戦うのだ!』ってな。っていうかマジだったんだな……」

俺に合わせて小声になったロデュウは案外良いやつなのかもしれない。だが今はそれどころではなかった。

「じゃあ何故未だにひと目も逢ってくれねぇ?」

「お前に負けたからだろうが。こっ酷く負かしたんだろ? ……この前プリント届けに行ってやったときによぉ、明らかに弱ってたぜ。あの傲岸不遜な態度を崩さなかったキースが。しかも『もう来てくれなくていい。迷惑だろうから』とか言ってたし。こういうときに一番必要なもの、いくら朴念仁のお前でも分かるよなぁ?」

ニタァっと悪い笑みを浮かべてはいるが、話の内容的にロデュウは良いやつ決定だ。

「おっと、そう言えば先公からあいつ宛にプリント預かってたんだった! 今日も俺が行くのか〜めんどくせぇなぁ〜」

そう態とらしく数学のプリントをヒラヒラさせているロデュウからそれを奪い取って立ち上がる。
勢いよく立った為に椅子が倒れ大きく耳障りな音が響いた。
教室がいっせいに静まり返る。
ふん、都合がいい。声を荒げなくて済む。

「次あいつのことその下卑た口で話してみろ。……ドタマぶち抜く」

そう周囲の連中に低く告げると、俺は教室をあとにした。

──────

キースの自宅の場所は知っている。再会後何度か遊びに行っていたし、あの戦いのあと気絶しているあいつをここまで送ったのは俺だ。
キースの御両親には泣かれてしまったが、彼らは事情を説明した俺に深い感謝の念は示せど怒ったり誹ったりはしなかった。むしろ『君たちにはほんとうに申し訳ないことをした。この子を止めてくれて有難う』とすら言われ、そして俺の怪我の心配までされ、俺の方が遣る瀬無い気持ちになったぐらいだった。
デカい門の前で右往左往していると、門がひとりでに開いた。ちょっと躊躇してから花が咲き誇る庭に足を踏み入れずんずん歩いていく。すると玄関のドアホンから、

『開けちゃだめだよお母さん……!』

『あら、今日も宿題を届けに来てくれたのでしょう?』

『だってあれバリーだよっ』

『なにか問題でも?』

『合わす顔が無いよ……』

『まあ! こんなに可愛らしいお顔なのに』

『可愛くないし、そういう問題じゃないってば!』

と、きゃいきゃい言い合いが聴こえてくる。おそらく彼らの近くで、キースのお父さんが高笑いしているのだろう声が聴こえてもきた。
あ、キースのお母さん、態とオンにして喋ってるな。そしてキースはそれに気づいてないな。素だもんな。それにしても案外元気そうで心の底から安心した。
玄関前まで来ると、会話が止まった。『あ! お待ちなさい、キース!』というお母さんの台詞を残して。
キースのやつ、自室に逃げ込んだなと何となく察しがついた。
とりあえずインターフォンを鳴らしてみると、使用人のひとではなく御両親自らドアを開けて出迎えてくれた。
俺が見上げるくらい大きな御両親からあのキースが生まれてきてくれたことに改めて奇跡を感じながら、ゴアイサツをする。
プリントを届けに来た旨を伝えると、ちょっと大袈裟なくらい喜んでくれた。使用人のひとたちも含めて歓声が上がる。『さあさあ!遠慮せず!』と二階へと続く螺旋階段まで通され、挙げ句『あの子、もうばっちり元気だから。……ね?』とお母さんにウインクされた。……いやいやいや、深読みはだめだ。今日俺はキースと話すためにここに来たんだから。
瀟洒な装飾のなされた階段を、一段一段踏みしめながら上っていく。一段上るごとに、気持ちは昂り、だが足取りは重くなっていった。キースに会いたくて仕方がない気持ちと、会ってもいいのかという躊躇いが俺の中で拮抗している。
そんなふうに葛藤しているうちに、こども部屋の前に辿り着いていた。
扉に掛けられたプレートの『キースちゃん♡』の文字が、上からキースの筆跡で『キースさま!』と書き直されている。戦いの前に遊びにお邪魔した時のままで、なんだかホッとした。そのまま勢いで扉を三度ノックする。すると、部屋の中からドタバタガッシャンと慌てたような音が聴こえてきた。
そして沈黙。
何としてでもキースと話がしたい俺はこんな柔らかい拒絶で引き下がる気は全く無い。何とは無しにちょっと低い位置にあるドアノブに手をやると、ガチャリと音を立てて扉が開いてしまった。えっ、いいのか!?となりながらそぅっと中を覗くと、天蓋付きのキングベッドの上にちんまりとした山ができているのが見えた。ついでにかすかな声で『カギわすれてた……!』という呟きも聴こえてくる。
その微笑ましさにちょっとにやけている自覚はあったので、小さく咳払いをしてからひと声かけて入室する。

「キース……? 入るぞー?」

甲高い蝶番いの音が細く響いたあと、重厚な音を立てて扉が閉まった。ビクッとベッドの上の小さな山が震える。なるべくキースを怯えさせてしまわないよう、足音は立てずに歩み寄る。
半分ほど操られているのを解除するためとはいえ、あれだけの重症を負わせてしまったのに、今更『怯えさせないように』なんて自分勝手だなぁと自嘲しながら。
ベッド横のおもちゃが散らかった床に胡座をかいて、山に話しかけてみる。

「キース、宿題持ってきたぜ。今日は数学だ。おまえけっこう得意だったよな?」

返事はない。代わりに、ベッドのシーツが山にもっと巻き込まれていき、シーツの波打つ皺が大きくなった。その光景を見て、なんか、そういう小動物の習性っぽいな、という感想を抱いた。キースが聞いたら『失敬なっ』とでも言いそうだなぁ。
全くの無反応ではないことも相まって、ちょっと気分が上向く。まぁもともとキースに会えるって分かった時点で割と有頂天なのだが。
幸せやら焦燥やらといった様々な感情を噛み締めていると、ベッドの上の山がもそりと動いた。

「!! ……キース、体の調子はどうだ? まだ痛むか」

「…………それはこちらの台詞だ」

ロデュウが教えてくれたぞ、私が還ったあとどうなったのか。
と、キースの低い声がシーツの中から聴こえてきて、俺はその台詞の不穏さなど気にせず喜んだ。

「やっと口きいてくれたな」

「……。」

「俺はな、キース。おまえが俺より強かろうが多少弱かろうが、正直どちらでもいいんだよ。おまえにも無敵の子としての矜恃みてぇなもんがあるのも分かるがな」

「ちがう……!」

キースの声は震えていた。怒りにか、それとも。

「私はただ、バリー、おまえに相応しい魔物になりたかっただけだ。他者との交流が乏しい私には、強弱という尺度しか無いから、おまえに勝利しなければとしか考えられなかったが。……幼き日におまえに言っただろう、『バリーに頼りすぎてしまわないように』強くなりたいと」

覚えている。忘れるわけがない。ただ漠然と強くなろうと足掻いていた俺の目標は、あの日から明確になったのだから。この子を、キースを何者からも護れるようになりたい、と。
俺がそう口にする前に、キースが更に続ける。

「それがどうだ。今の私は身も心もおまえに依存し続けているじゃないか。ハハ、情けない話だよ。『無敵の子』でもないのに何が『バリーに相応しい魔物』だ。見捨てられても縋り付く権利すら私にはない」

乾いた自嘲が響いてくる。
聴いていて、俺は哀しむと同時に物凄く苛立った。何を言ってやがるんだこいつは?

「無敵の子だぁ? んなもん、カンケーねぇ奴等が後から勝手におまえに付けたレッテルじゃねぇか。俺との約束は、おまえやおれの想いはどうなってる。そもそも、こちとらおまえに頼ってほしくてここまで来たんじゃねぇか!! 見捨てられるとか、冗談でも言うんじゃあねぇぞ……!」

シーツを引っ剥がす。
やはり小動物のように丸くなっていたキースの上に跨るようにしながら、その頭の両脇に手をつく姿勢を取って見下ろした。
こういう状態には結婚初夜とかになりたかったわけだが、今は自分を抑えられる気がしない。
キースの肩を掴んでこちらを向かせる。ヒッと息を呑むのが如実に伝わってきて、凄く悪いことをしている気分になってくる。だが、止まらない。愛おしくて仕方がない相手を前に、止まれるわけがない。
キースの顎に手をやる。おそらく拒絶の言葉を吐こうとしたであろう唇に、噛みつくように口づけた。

「んんッ……! ん、バリー、やめ……」

「止めねぇよ……!」

「や、……やめろと言ってるだろうッ!!」

舌を絡めるためもっと深く口づけようとしたタイミングで、肩を思い切り押された。今までのキースからは想像できないほどの力で。
冷水を頭からぶっ掛けられたように一瞬にして冷静さを取り戻す。今俺は……勢いにまかせてキースに何をしようとした……?

「悪い。い、イヤだったよな……」

言っていて申し訳なさで消えたくなる。拳でも最大術でも拒絶の言葉でも、何でも受け入れるつもりでベッドにへたり込んだ。
するとキースがきっぱりとした口調で言った。

「イヤだなんてひとことも言っていない。ただ、今やるべきことではないと思っただけだ。今日きさまはここに何をしに来た? 私と無理やり繋がるためか? だとしたら話は違ってくるが」

ぷいとそっぽを向くキースの目元は赤く、色硝子の目は潤んでいる。こ、この表情はどう判断したらいいんだ……。というか、そうだ、

「今日、俺は……キースと話がしたくて、ここに来たんだ」

「そうか。さっきは私も感情的になってしまった。すまなかった」

急にスンッと冷静になるこの感じ、すごくキースっぽい……!
我ながらだらしのない笑みを浮かべていることが分かる。そんな俺を、身を起こしたキースが静かな目で見つめてくる。一点の曇りもない美しい目だ。

「何をニヤけている?」

「いやなに、おまえがおまえらしくて嬉しくなっちまったんだよ。しかも相変わらず俺のお嫁さんは美しくて可愛いぜと思ってな」

するりと口から溢れていく正直な気持ちを聴いたキースがぼふんっと真っ赤になる。

「あの日のように無邪気に喜ぶことは、今の私にはできないよ」

「それでいい。というか、それがいいんだよ。おまえがそういう成長をしたという事実、キースがキースでいてくれるというだけでもう嬉しくてたまらないんだ」

ベッドについた俺の手に、キースの手が重ねられる。
その手を掴めば、きゅうと握り返された。
それだけでもう、今の俺は満足だった。

──────

「えっ! まだヤッてねぇのオマエら!?」

ロデュウの悲鳴のような声が晴天の空に響き渡る。
学校の屋上で、昼食中の出来事だった。

「マジかよ~。あのときのオレ、どういう気持ちでバリーのこと送り出したと思ってんだよ〜」

ロデュウのぼやきを聴いて、イモ天をぱくついていたキースがもぐもぐごっくんと咀嚼嚥下したあとロデュウに向き直って言った。

「残念だったなロデュウ、キサマがどう想っていようとバリーは私の旦那さまだ!」

「ちっげーよバカ! イヤな勘違いすんな!」

ぎゃいぎゃいと言い合って、そろそろ術の応酬に発展するか、というふたりを遠い目で眺めながら、千年前の戦いから現代に復帰した魔物──ツァオロンがぼそりと言う。

「あれの何処が気に入ったんだ?」

その問いに、俺は惚気けるチャンス来たー!と内心でガッツポーズを決めた。

「ぜんぶだ!」

「……そうか」

あれ?惚気けってこんな直ぐに終わるもんだっけ?
ん〜〜?と腕組みして首を傾げていると、キースがとことこと俺の方に歩いてきて、胡座をかいている俺の膝にぽすんと座った。

「バリーは私のヒーローなんだ」

「ひーろー」

ツァオロンがキースの言葉を反芻する。

「そう、ヒーローだ。救世主とも言えるな。当時からかわれて泣くことしかできなかった私の目の前に降り立って助け出してくれた上、私に戦い方を教えてくれたんだ。たった一日の触れ合いだったが、これから先もずっと一緒に居たいと思った。強いし格好いいしやさしいし、私には勿体ないくらいのお婿さんだよ」

「キース、オマエ。クラスメイトの前でよくそこまで惚気けられるな」

ロデュウが俺のワインをボトルごと奪ってラッパ飲みしてから言った。
それを余裕たっぷりにいなしてキースは答える。

「なぁに、式にはおまえたちは呼んでやるさ」

「ご欠席だわ」

「なんだとーっ」

怒った顔まで可愛いとか、なんだこいつ、奇跡の産物かよ?
思わず笑みをこぼしていると、ロデュウとツァオロンが口々に言い合う。

「バリーもバリーで、あんまり見ねぇ顔でデレデレしてやがる」

「これが通常運転ではないのか……?」

「んー、以前はもう少しポーカーフェイス気取ってたと思うがなぁ」

二人の(というか主にロデュウの)言い分に真っ向から反論する。

「バカヤロウ、こんなに可愛いんだから笑みも溢れちまうだろ」

「どこが可愛いんだよ。ああ、身長?」

「だから全部だって……あ」

気づけば、目元をこしこしとこすりながら、キースが小さくひとつ欠伸をした。腹いっぱいで眠くなっちまったんだな。

「ん、寝ていいぜ」

そう囁くと、すうすうと寝息を立てながらキースが俺の膝上で眠りだす。
ロデュウとツァオロンに向けて『しぃー』っと人差し指を立てて見せる。ちゃんと黙ってくれるこの二人はいい奴らだ。
全幅の信頼を寄せてくれているのが、預けられた軽すぎる全体重から伝わってきて、愛おしさが募って今にも叫びだしそうだ。その衝動を必死に抑えていると、ロデュウとツァオロンも思い思いの態勢で寝る準備を始めた。
足が痺れだしたのを自覚しながら俺は呟く。

「幸せすぎるぜ……!」

「ん゛ぅ……」

ぐずるように身をよじるキースを抱っこし直して、俺も横になる。日光を集めた石造りの床がぽかぽかとあたたかく、確かに眠気を誘われる。
いざなわれるまま目を閉じると、腕の中のキースが小さく言葉をこぼした。

「わたし、も……しぁわせ……」

この上ない幸福を感じつつ、俺も眠りにつく。
目が覚めたらこいつを思いっきり抱きしめてキスの雨を降らせようと思いを馳せながら。

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