お題:「そんなコト、どこで覚えてきたんだ?」

【一キル←かず】
「そんなコト、どこで覚えてきたんだ?」
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お題元さまはこちらです↑

なんか罪深いし設定もごりごりの粗削りです。かずいくんってどんなんだっけとなりながら書かせていただきました。ごめんなさいm(_ _)m
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最近、気になっていることがある。
お父さんのそばにずっと在る気配についてだ。
気配の主は薄ぼんやりとした白い影のようなもので、思えば”最初”から、ソレはぼくらのそばに在ったように思う。ううん、もしかすると最初からではなくて、もっと前。ぼくが生まれる前から存在していたのかもしれない。それくらい違和感なく、あまりにも自然にここに在るソレは、死神のぼくにも薄っすらとしか視ることができない。
でもお父さんは時々、その白い影の方に視線を送ることがある。まるでそこにいる友だち……ちょっとちがうかな、友だちよりもっと近しいヒトに向けるような、息子のぼくですら見たことがないやさしい目をするんだ。
ソレは普段はこのお父さんの周りをうろうろしたり、部屋の隅に身動ぎせず佇んでいたりするのだけど、決まって、お父さんが書斎に籠もって翻訳のお仕事に夢中になっている時、ドアをすり抜けて部屋の中へ入っていってしまう。霊ならお父さんが放っておくはずがないし、虚なら尚更だ。でも、書斎から出てきたお父さんのそばには、相変わらず白い影がいる。
それが何を意味するのか、いまのぼくにはきっと分からないままなんだ。

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ぼくがその白い影に気づいて久しい、ある夜のことだった。
いつもなら閉め切られているはずの書斎のドアが少しだけ開いていた。お父さんには勿論のこと、お母さんにも、入っては駄目だと言われていたあの書斎が開いている。室内からは仄明るい光が一筋溢れていた。ぼくが知る限りでは今までこんなことはなかった、と思う。
ぼくは好奇心に衝き動かされるままドアの隙間から中を覗いた。
初めて見るお父さんの書斎。天井まである本棚いっぱいに分厚い本が並んでいたりいなかったりするのが見える。そのまま視線を横にずらすと、視界が急に薄暗くなって、なおかつ白く染まった。ハッと息を呑むぼくの目の前には、あの白い影が立っていた。影はゆらりと揺らいだかと思うと、人の形をとった。初めてだった、こんなにはっきりとこのヒトの姿を視たのは。
どうやら男のひとのようだ。真っ白い洋服を着て、髪の毛はぴしりと整えられている。目元には深紅のサングラスを掛けていて、そこに影を落とすのは片方だけ流された前髪だ。彼はそれをさらりと指で梳いた。その仕草をみてぼくの胸は何故かどきりと高鳴る。

「あ、あの……!」

思わずこぼしてしまった声は、思いの外緊張に上擦っていて。格好がつかないな、としょげてしまう。すると彼はぼくと目線を合わせるように片膝をついた。そして人差し指を口元に持ってくると。

「しぃーー……。今、一護さんは仮眠中です」

と静かに言った。その所作もなんだか彼にとても似合っていて、声音も優しい蕩けるようなほろ苦いものだった。それらにまたドキッとしてしまう。わぁ、今ぼくのほっぺ、真っ赤なんだろうなぁ。
恥ずかしさから黙り込んでいると、彼は一つ頷き立ち上がって踵を返そうとする。その洋服の裾を思わず掴んだ。彼は少しだけこちらを向いて、もともと泣き出しそうに下がっている眉尻を更に下げて、ぴたりと動きを止めた。
ぼくが頑張って次の言葉を探していると、こちらを振り向いた彼は小首を傾げてぼくを観察するように見、また一つ頷いた。彼がドアをすり抜けて廊下に出る。

「おはなし、しようよっ……!」

やっと切り出せたぼくのこの言葉に、「困りましたねぇ」とあまり困っていなさそうな一言。ゆったりと響くその声の余韻に浸っていると、彼は廊下の壁を背にして座り込んだ。「お行儀が良いとは言えませんが……」と言って、自分の隣のスペースを白手袋の手でぽんぽんと軽くたたく。
こぢんまりと体育座りしている彼がなんだか可愛らしく思えた。おじさんに可愛いって失礼かな、でもほんとのことだし……。

「おじさん、なんだか可愛いね」

彼のとなりに同じように体育座りしながら言うと、彼はほんのりとほっぺを染めた。

「っ、そんなことありませんよ」

「えー?可愛いよ、これがギャップ萌えってやつなのかな、ってくらいに」

「もえ……?」と首を傾げている彼を見て、再度可愛いと告げる。すると。

「……親子揃って、物好きですねぇ」

と、彼が微笑った。くしゃりと顔を綻ばせるさまは、彼の印象には正直合わない。それでも、そういう風に微笑う彼がとても大切に思えた。

「お父さんがあの表情をするのは、おじさんが居たからなんだね」

きょとんとサングラスの奥の瞳を丸くするのが見える。
悲しみとか、恨めしさとか、寂しさとか、生への羨望とか、おおよその霊が持っているものを彼からは感じない。霊圧すらも。もしかしてそういうタイプの虚だったりするのかな。でも、どこにも孔は見当たらない。彼はいったい何なのだろう。

「おじさんって、何なの?」

率直に訊ねる。彼は苦い笑みを浮かべた。

「答えないほうが良い質問です。……まぁ、整─プラス─や虚ではないこと、そして貴方のお父さまから離れることも消えることも叶わない、曖昧な存在であることは伝えておきましょうか。貴方のお父さま──一護さんの中に在った、微弱な私の霊圧から生まれた幻影のようなもの、ですかね」

この答えに、ぼくの頭は更に混乱した。生きていない、確実に死んでいるのなら霊体のはず。それを否定されて、どうしたらいいか分からなくなる。あと消えるって何?魂葬も駄目ってことなの?お父さんの中に彼の霊圧があるってどういう状態だったらそうなるの?
わからないことしかない。こんなこと初めてだ。それに、もっと訊きたいこともある。

「おじさんって、お父さんの何?」

「……その質問の答えは、こちらが訊きたいくらいですねぇ。一護さんにとって重荷でしかない私を、そのままそばに置いている理由。まぁ、一護さんが”存在する”限り、私も在り続けることになるわけですから、仕方のないことなのかもしれませんが。……あ、それと。私は一護さんに……鋒を向けたことがあります」

「?、どういう意味?」

「つまり敵だったということです」

てき、とぼくがこぼすと、彼は眉根を寄せた。

「貴方のお父さまったら、容赦がないのです」

「お父さん優しいよ?」

「それは今ならば肯定できます。当時の、敵同士だったころのあの方は、護ることに一生懸命なのは良いのですが、私の首元を狙って来ましたからねぇ」

「静血装が無ければどうなっていたことやら」そうぼやく彼は、それでも懐かしそうにどこか遠くを見ながら笑んでいる。それが悔しいような気がして、膝立ちになって彼の手をきゅっと握った。いま彼とお話ししているのはぼくなんだから、ぼくを見てほしかった。そんなぼくのわがままに、彼は律儀に意識と視線をこちらへと向けてくれる。

「おっと。多弁は銀、沈黙は金。少々喋り過ぎました。ご容赦を」

彼がそう言った直後、書斎から「あれ、キルゲ?どこ行った?」というお父さんの眠たげな声が聞こえてきた。
名残惜しくて、ぼくはまた彼の洋服の裾を握りしめた。
彼はぼくの手をやわらかく解きながら、「時間のようです」とだけ言う。

「また……また、お話しできる……?」

「貴方ががそう望まれるのなら。また、いつか。おやすみなさい、一勇さん」

そう言って綺麗に微笑むと、彼の姿がぼやける。白い影となった彼は、書斎へと入って行ってしまった。

「お父さんだけ、ずるいよ。あ、でも……、」

キルゲさんっていうんだ……。
ぼくの言葉は誰にも届かないまま夜の闇に溶けた。
その場でぼんやり彼に触れた方の手のひらを眺めていると、お父さんがドアを閉めに来た。しまったと思ったけど、時すでに遅く。

「お。かずい、こんなとこで何してんだ。もうとっくに寝てる時間だろ」

「んーん、お手洗いに行きたかっただけ」

これは別に嘘ではない。
お父さんは腕組みをして、ぼくを見下ろす。疑っているみたいだ。

「、本当にそれだけか?」

「うん。多弁は銀。沈黙は金。だもんね?」

ぼくがその台詞を口にしたとき、お父さんは、見たことのない複雑な表情をした。怒っているような、驚いているような、叱られた子どものような、そんな顔。
これはぼくからお父さんへの宣戦布告だ。キルゲさんがお父さんの何であろうと関係ない。ぼくはまた彼とお話しがしたいんだ。
沈黙が訪れる。それを破ったのは、お父さんの、剣呑な声だった。

「……そんな言葉、どこで覚えてきたんだ?」

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