お題:いっそ、ころして/抱きしめてもいいかな/どうしたら俺のものになる?

一キル←かずへの3つの恋のお題:いっそ、ころして/抱きしめてもいいかな/どうしたら俺のものになる?
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前のお話『お題:「そんなコト、どこで覚えてきたんだ?」』と世界線が通じているはずです。もう何が何やら。意味不文製造機で申し訳ないです。素敵なお題に沿えているかも微妙なラインです。ごめんよm(_ _)m

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あの子がこの世に生を受けた時、私は一護さんに懇願した。
いっそ、ころしてください、と。
これより先、貴方のしあわせを心から願える自信が無い、とも。
嫉妬からでは決してない。私が存在していることへの後ろめたさから発した言葉だった。
それでも、あの方は私を傍に置き続けた。ベッドの中で愛を吐き続けた。
これまで一度たりとも、一護さんの愛を疑ったことはない。これからも、あの方の愛を疑うことはないだろう。それ程までに、あの方はいつも真っ直ぐだった。
それが余計につらかった。私さえ居なければ、あの方に家族を裏切らせることもないと思った。だから私は、自らの首筋に軍刀の刃を這わせた。確かにあの時、私の意識は消滅したのだ。
それなのに。
私が再び目覚めてしまった時、一護さんは私を見て涙を溢して下さった。私はまるで初めからそこに在ったかのように、あの方の書斎に立っていた。一護さんが私を抱き竦める。「もう二度と俺の前から消えるんじゃねぇ」そう言う一護さんの声は震えていた。悲しみに、ではなかった。声に込められていたのは、怒りに近い感情と、ほんの少しの寂寥。そして一護さんは「愛してる」と、言い聞かせるように囁いた。あの方の”愛”を一身に浴びて、私は悟る。
嗚呼、逃げられない、と。
その気づき以来、私は一護さんの傍に侍りながら、あの子の成長を見守ることになった。それでもやはり引け目を感じないわけがなかったから、距離を置いて立ち尽くすことの方が多かったが。
あの子が日々成長していく姿を見るのは、すべてを諦めてみれば、存外悪いものではなかった。むしろ、前進も後退も封じられたこの身には、あの子の健やかさは眩しいくらいに輝いていた。
生まれて数年もすると、気の所為かあの子と目が合うことが多くなった。しかし、私を視ることができるのは一護さんだけだと油断していた。
あの子には他の誰でもない、一護さんの血が流れていることは分かっていた筈なのに。

──────

あの夜以来、あの子──一勇さんは部屋の隅に立つ私に微笑みかけたり、小さく手を振ったりするようになった。
一勇さんの眼にどのように映っているのかは知らないが、普段の私は非常に希薄な存在のため、白い靄程度にしか見えない、もしくは気配を感じ取る程度であろうにもかかわらず、だ。
ふっとこちらを見たかと思えば、へにゃりと微笑む。その笑みを向けられるたび、つきりと胸の奥が痛む。一勇さんはあの夜明かした”私”の成り立ち以外、私と一護さんの関係を知らない。
書斎で何が行われているのか。自分の父親が何に執心し、また、その対象にどれほど執着されているのか。
幼気なあの子に、私の醜い恋心など知られてはいけない。

──────

ベッドから、そっと下りる。一護さんを起こしてしまわないように。
書斎の扉をくぐると、一勇さんが廊下の壁に背を預けて座っていた。……やはりか。
私の姿を認めた途端、眠たげだった瞳が俄に輝く。

「キルゲさんっ」

「しぃー……。お父さまがお休み中ですよう。……それに、夜更しは感心しませんねぇ」

「キルゲさんが起きてるなら、ぼく、お話ししたくて」

真っ直ぐな瞳と言葉。きらきらときらめいている。あまりにもあの方に似通い過ぎていて、罪悪感から見ていられない。健気な視線から目を逸らす、狡い大人である私をどうか許してほしい、などとは口が裂けても言えるわけがなく。今夜もまた、色眼鏡で目元を隠している。

「今日はキルゲさんも、夜ふかしさんなんだね」

一勇さんが、どこかそわそわしながら言う。曖昧に微笑み返して、私も一勇さんから少しの距離を置いて廊下に座り込む。
私は基本的に睡眠を必要としない。普段は皆さんが寝静まる時間になると、自分を構成している薄い霊子を大気中に更に溶かして、限りなく無に近い存在となる。何も思考しないように努めているので、瞑想状態に陥っていると言えばいいだろうか。
気配を読めなくなるからだろう、一勇さんは私も眠ると思っているらしい。凡そ生きものらしさを喪った私に、今を生きている彼らの尺度を当て嵌めてくれることが、なんとなく面映ゆいような嬉しいような気分にさせてくれた。だがそれも一瞬のことで、私の心は直ぐに沈み込んでしまう。この逢瀬と呼ぶのも烏滸がましい寄り合いが、一護さんと一勇さんのどちらをも裏切るものだと判っているからだ。

「……キルゲさん、元気ない?」

正鵠を射られるとはこのことだと思った。何も言えないでいる私を見て、一勇さんの表情はじわりと曇る。

「もしかして、ぼくがわがままだから……?」

「ッそのようなことはありません。……寧ろ己の身勝手さから一勇さんを困らせてしまって、申し訳ないくらいなのです」

「そう、なの……?でもキルゲさんが申し訳なく思うことなんてないよ。たとえ昔お父さんの敵だったとしても、今こうしてぼくと一緒にいてくれるキルゲさんは、絶対にいいひとだもん」

純粋すぎるほどの言葉は、時に刃となることをこの子はまだ知らないのだろう。
白状してしまいたかった。すべてを。
だがそれは、私を苛む重みをこの子に押し付けるのと同義。できるわけがない。
そう考えて俯いた時だった。

「ねぇ、抱っこしてもいい?」

すぐ傍には既に一勇さんがいて、私へと手を伸ばしていた。
添えられた小さな体温が、冷え切った私をほんのりと温めてくれる。

「お母さんがね、ぼくが元気ないといつもこうしてくれるんだよ」

ああ、この子にはきちんと両親がいて、ちゃんと愛されてここまできたのだな。だからこんなにも、あたたかい。
分かり切っている筈の事実を改めて実感すると、錆びついたはずの涙腺が緩んだ。
あの方と同じやわらかな和毛が頬を擽る。罪悪感がまた重みを増す。耐えねば、そう思えば思うほど、私を形作る大罪が溶け出していくのが分かって、口唇を噛み締めた。これ以上取り繕える自信がない。かと言って、この幼気な温度を振り払える筈もなく。私が今もう少しだけ常の冷静さを保っていたならば、きっとこの子のやさしさに水を差すこともできただろうに。

「ぼく、知ってるんだ。キルゲさんは、お父さんの好きなひと」

呼吸を忘れる。事実を言い当てられたからではない。一勇さんの眼にはそう映っていたのかと驚愕したからだ。

「な、何をおっしゃっているのか……あの方は優しさから私を憐れんで傍に置いて下さっているだけです」

「泣かないで、キルゲさん」

そっと身を離した一勇さんが、小さな手で私の頬に触れる。拭われて冷たく乾いていく感触で、自分が涙していることに気付かされた。しかも厄介なことに、涙はそれで止まってはくれなかった。
ぼろぼろと無様にも頬を涙で濡らし続ける私の目元から、紅い世界がそっと取り払われる。
こちらをのぞき込む明るい色の瞳が、月の光を反射して美しくきらめいた。

「キルゲさんの目、碧いんだね。月が映ってとっても綺麗だよ」

「私も今、同じことを考えています」

「え、それって……」と一勇さんが目を丸くする。

「りょうおもい、だねっ」

おそらく半分も意味を理解していないのではないだろうか、そう思わせる舌足らずさで紡がれた言葉に、ふるふると首を横に振る。

「キルゲさんは、ぼくと”りょうおもい”じゃ、いや?」

いやな筈がない。それでも、私はこの子の想いに応える訳にはいかなかった。というより、応えるすべを持っていないのだ。だって、私は。

「……一勇さん。すみませんが少しだけ、お話をさせて下さい」

「?、うん。キルゲさんのお話、ぼく、聴きたいよ」

話をはぐらかされたにもかかわらず、一勇さんは私の傍で健気に返事をくれる。そのやさしさにつけ込んで、私は今から最低な告白をする。

「以前、私は一護さんの敵だった、そして今は幻影であると説明しましたね」

「うん」

「あの説明は残念ながら誤りです。あ、いえ。事実ではあるのですが、今のこの”私”はキルゲ・オピーその人とは違うのです」

「……え、わかんないよ。わかんない。キルゲさんはキルゲさんでしょ?」

縋るような眼で見つめられて、私は言葉を詰まらせる。だが、言わねばならない。これ以上一勇さんの足枷になることは許されない。

「私は”監獄”です。キルゲ・オピーという滅却師が遺した能力の断片に過ぎない。そこに込められた『命を賭して黒崎一護を足止めする』という遺志と、一護さんの記憶から生まれた歪な存在。死者でも、勿論生者でもない。私の正体はキルゲ・オピーの霊圧を含んだ檻でしかないのです」

「檻……」

聡いこの子なら、私の拙い説明でも理解してくれるだろう。踏み込んでも何も得るものは無い、と。

「じゃあ、キルゲさんがお父さんから離れないのは……」

未だ私をキルゲと呼んでくれる一勇さんに申し訳なく思う。

「離れれば消滅し、一護さんのご意思によって、また復活するからです。一護さんは以前『俺の前から消えるな』と仰った。私はあの方を未だに捕らえ続ける過去の遺物です。貴方のお父さまは、そのようなものに愛を囁いてくださる。あの方をこれ以上裏切るわけにはいきません。ですから、どうか」

「──どうすれば、キルゲさんはぼくのものになるの?」

え?、と間の抜けた声を上げる私にぎゅうぎゅうと抱きつきながら、一勇さんは言う。

「お父さんの中にある霊圧と記憶から生まれたんでしょ?でも今ぼくとお話しているキルゲさんについての記憶はぼくのものだ」

「一勇さん……」

「だったらぼくがあなたを取り込めば……」

「一勇さん」

口唇に人差し指を軽くあてる。しぃ……と示せば、一勇さんはハッと口を噤んだ。

「貴方の気持ちはとても嬉しい。ですが、受け取るわけにはいかない。貴方には未来があるから。貴方のお父さまは私などの為にその人生の半分ほどを費やしてしまった。あの方の子である貴方まで私という監獄に閉じ込める訳にはいきません」

「キルゲさん」

「ごめんなさい、一勇さん。また、喋りすぎてしまいました。──二度と、夜ふかしはされぬよう」

最後にそう告げて、私は一勇さんの口唇に人差し指を微かにあてた。
瞠目して顔を紅くした一勇さんの純粋さに微笑み、私は立ち上がる。
たった一瞬でも、私を視てくれたひとがいる。思いがけないことだったが、私はこの子のこれからの幸福を心から願えるような気がしていた。
そうやって自己満足に浸っていたからだろうか、私は一勇さんの小さな小さな呟きを聴き逃してしまった。

「──絶対にぼくのものにしてみせる」

ふっと振り返ると、依然廊下に座り込んだままの一勇さんが、にこりと笑いかけてきた。私を見る時の一護さんに酷似した、奇麗な笑みだった。

「おやすみなさい、キルゲさん。──またね」

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