さびしい贋作者

クロウはギアが好きだった。理由は単純。強くてかっこいいから。
専らギア愛好だったのだが、最近気になる存在ができた。
ソル・バッドガイだ。
強い物好きが高じて、人間(?)にまで食指が動いてしまったのだ。
そして、長年続けてきたギア研究の産物として、ギアもどきのソルコピーを創り上げた。
ここで本物に手を出さないのがクロウの性格だった。
ただの人間(?)だからといって強過ぎて捕獲もできない。かのジャスティスを倒した男だ、ロボカイやジャスティスコピーたちを挑ませても結果は見えている。それに、本物に思いを伝えたところで叶うとも思えない。そもそもクロウ自身がこの感情の正体を理解しきれていなかった。ソルを気に入ってはいる。だが、それが所謂LoveなのかLikeなのかすら、分かっていなかったのだ。
ただ、仲良くしてほしい、そばに置いておきたい。そんな思いだけで、今まで集めてきたデータと技術の粋を結集させて、本物ばりのソルを生み出してしまった。
クロウが嬉々としてソルコピーの教育や訓練を行う間、終戦管理局には平和な時間が流れた。

そんなある日。
終戦管理局のとある支部に、当のソル本人がやって来た。
自分を出迎えた痩身の科学者が、自分そっくりの人物を連れているのを見て、ソルは目を見開いた。
彼のその反応を見て、クロウは得意げに笑う。
「どうだい、凄いだろう。本物の生体はまだ作れないけど、コピーギアなら作れるようになったんだ」
クロウの言葉にソルは思い切り顔を顰めて問うた。
「何で俺なんだ」
ソルからしてみれば、ここはカイだろうと思える事態だった。この科学者は、カイのロボットを何百体と所有していたはずだ。正当に進化させるなら、土台の整っているカイが適任だろうと思えた。だがクロウはあっけらかんと答える。
「強いから」
「ならアイツのコピーで満足してろよ」
部屋の隅に立つ人形を顎でしゃくる。
「ジャスティスコピーのことかい? 彼女はそこに在るだけでいいんだ。別格なんだよ。君はまだギリギリ手が届きそう。でもやっぱり届かない。だからこうしてコピーと仲良くしてるんじゃないか」
至極当然のことを説くようにクロウは肩を竦めて見せた。(今更だが)全く悪びれる様子もないクロウを見て、ソルはヘッドギアの上から頭を押さえた。
「頭痛がする。帰る」
「…そっか。ばいばい」
笑顔で手を振るクロウが少し残念そうに見えたのは、気のせいだろうと思い込むことにした。

ソルが去った直後、仮眠室の扉が開いた。
「駄目博士…貴様、ソウダッタノカ」
ロボカイは腕を組んでうんうんと頷いている。
「は? 何が?」
「ソノ態勢ハ何ナノダ!」
ズビシィッとクロウに向かって指を指し、ロボカイは声のボリュームを上げた。
クロウは自分の置かれている状態を見下ろし、ロボカイに視線を戻した。
現状は、お姫様抱っこというものに近かった。もちろん、クロウがソルコピーにしてもらっているのだ。
「強い人にこうされるのって憧れない? 彼、すぐ帰っちゃって寂しいし」
ソルコピーの首元に腕を回してクロウは言う。そうすればソルコピーは薄く笑んでクロウを抱っこし直した。
「理解不能ダ。……ダガ隠サズトモ良イ。分カッテオル。貴様は化粧モスルシしなヲ作ルコトモアルダロウ。ソウイウノヲ何ト呼ブノカワシハ最近知ッタノダ。イワユル…コッチ系トイウヤツダ。心ハ乙女、体ハ男…」
ひとりしたり顔の人間臭いロボカイを尻目に、クロウは淡々と告げる。
「違うよ。ただ強くてかっこいいと思ったのが彼だっただけだよ。ね、ソル」
甘えるように擦り寄るクロウを、ソルコピーは愛しげに見下ろして答える。
「あぁ」
「新米ヨ、駄目博士ハコウ見エテないーぶナノダ。大事ニスルンダゾ」
ふんぞり返って先輩風を吹かすロボカイにもソルコピーは素直に頷いた。
「任せろ。俺はその為に造られた」
「はは。もう、止めてよ。二人とも」
本当に幸せそうに微笑うクロウを、創造物二体が見つめる。ロボカイは満足げだったが、ソルコピーの瞳にはどこか昏い光が宿っていた。

一週間後。ソルは終戦管理局の支部を探し当てた。
「潰しに来た」
凄味のある声で告げるが、クロウは飄々とした態度を崩さない。
「残念。ここはダミーだよ」
「…じゃあなぜお前がここに居る」
「この近辺に君がいるって探索用のロボから通信があったからさ」
恥じらう様子もなく明け透けに答えるクロウに、ソルはまた頭痛を覚える。構わず封炎剣の柄を握りしめると、ソルコピーが守るようにクロウの一歩前に出た。
「…俺が潰したいのはそいつだ」
封炎剣の鋒でコピーを指し示せば、彼はニヒルに笑ってレプリカを握る。
「…ふん。やってやろうじゃねぇか」
一触即発の二人の間にクロウが割って入る。ソルコピーの腕にしがみつき懇願するように訴えた。
「だ、だめだよ! 君はまだ調整中で戦闘能力はそんなに高くないんだから」
クロウの手を優しく解きながら、コピーはソルを睨みつける。
「それでも、あっちはやる気だろうな」
「なかなか分かってんじゃねぇか!」
LET’S ROCK!
SLASH!
勝負はあっという間だった。いかに精巧に模したとは言え、それは見た目の話だ。戦闘データも断片的なものを寄せ集めたもので、実地での経験も殆どないコピーが戦える相手ではなかった。
「ソル!」
倒れ伏したソルコピーにクロウは駆け寄る。
「今すぐ直してあげるからね!」
「無理だ。AIの損傷が激し、い」
準備に取り掛かろうとするクロウの手をソルコピーは掴んで止めた。その手を縋る様に両手で握りしめてクロウは言う。
「バックアップがあるから…!」
「それは…消去した」
「!! ど、どうしてそんな…」
諦観めいた表情でソルコピーが告げるとクロウは絶望の色を強めた。握られた手にぐっと力を込めて打ち明ける。
「俺が壊れれば…俺はあんたの唯一になれると思った。唯一のコピーに…」
血を吐くような自白だった。独白めいたコピーの言葉にクロウはただ唖然としている。
「…すまない。だが、いくらコピーを創ろうと…あんたは独りだ。だから、オリジナルに思いを伝えろ…そうしねぇと、前には進めね…ぇ」
作り物でも、確かに情は存在していた。クロウは己の創作物の手を祈るように額に当てた。
「…ソル…好きだよ。たとえ君がコピーだとしても」
「ふ………」
満たされた心と行く末の心配を織り交ぜた表情でソルコピーは微笑み、そのまま動作を停止した。しばらくの間クロウも静止していたが、顔を上げるとソルに言った。
「すまないが、今日のところはお帰りいただけないかな…」
「…ああ」
ソルは彼に掛ける言葉を持っていなかった。

数日後。
ふらりとソルの前にクロウは現れた。
一瞬警戒するが、ロボカイもジャスティスコピーも連れていない様子だ。
開口一番にクロウはソルに告げた。
「好きだよ」
「………」
「僕は君が好きだ。でもそれと同時に憎くて堪らない。僕の大事なヒトを壊したから。僕は自分勝手な上に執念深いんだよ。でも彼の言うとおりだ。このままじゃ僕は前に進めない。独りは慣れてるけど、答えが分からないのは大っ嫌いなんだよね。だから君に会いに来た。答えを得るために。前に進むために。とは言っても答えなんて分かりきってるよね。君にしてみたら僕はただの邪魔者。消えてほしい存在でしかない。分かってる、分かってるけど駄目なんだ。はは、ロボに怒られちゃうかな」
ソルの返事も待たずにクロウは一気にまくし立てる。
その声色がどんどん涙に染まっていき、ひっくとしゃくり上げる。
それでも視線はソルから離れない。離せない。
「僕ね、人のこと好きになったのって、ていうか興味を持てたのって初めてなんだ。だからどうしたら良いのか分からなかった、ごめんね。流石に僕だって傷つくと分かってて近づいて行ったりはできないよ。だからコピーを作るしかなかった。ほら、僕ってニセモノ作りが上手だろう?」
クロウの表情は穏やかだ。
だが涙は次々にこぼれて黒衣をさらに色濃くしていく。
震える肩はあまりにも華奢で頼りない。
見ていられなくて、ソルは思わずクロウを抱き寄せてしまった。
その瞬間、クロウは身を固くするが嗚咽と告白は止まらない
「コピーでもね、満足だったよ。君みたいにかっこよく作れたし、彼も僕のこと大事にしてくれたし。まあ、僕がそうなるようにプログラムしたんだけど。それでも、本物の温かさを知ってしまったら、こんな風にされてしまったら勝ち目はないねェ。やっぱり君が好き。好きなんだ…」
「………っ」
返事はできない。ただ腕にやさしく力を込めることしかできなかった。
あまりにも脆いこの存在を壊してしまわないように。

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