その手のひらの感覚を

頭を撫でてやるのが習慣だった。

お使いという名の初任務から無事に帰還した時。
施設を盛大に破壊しながらも侵入者を排除してくれた時。
コーヒーを煎れたつもりで牛乳のお湯割りを持ってきた時。

仕事以外の些細な事でも、何かを達成できれば頭を撫でてやっていた。
別に子供じゃあるまいし、例えば一人で着替えられたから頭を撫でて褒めてやるなんて、我ながら意味不明だった。

きっかけは、ロボカイを初めて起動した時だ。
稼働実験に入る前に、すぐに欠陥が見つかった。
歩行はおろか、自身が寝かされていた作業台から転げ落ちた挙句、立ち上がることすらできなかったのだ。
その事実に僕は少なからずショックを受けた。設計から組立てまで全て僕の手で行ったのだから、出来には結構自信があったのに、と。
呆然とする僕をその無機質な目で見上げて、あいつは何を思ったのか(思う、なんて機能はつけていなかったけど)。
ぎしぎしとぎこちない動きで立ち上がろうとしだした。
何度無様に尻餅をついても、同じ動作を繰り返す。
まるで、欠陥などないと証明しようとしているように。
見ているこちらの方がいたたまれなくて、別室に移動しようと廊下に出た。
電源を落としてやった方がよかったかな、と思いながら資料を開く。脚部の設計図を見直し、数式を頭に浮かべていくと、案外すぐに今回の原因に思い当たった。

ロボカイの居る研究室の前に立つ。金属の塊がコンクリートに叩きつけられる、甲高いような鈍いような音は止んでいた。
電源が切れたのかと少しほっとしながら入室して、信じられないものを目にした。
ロボカイが立ち上がっていたのだ。
顔を伏せて上半身を前方に倒した、もの凄い猫背ではあるものの、自分の脚で立っていた。
実際、一見不気味なその姿勢は理にかなったものだった。
設計図を見直して気付いたのだが、ロボカイの重心の計算について僕はごく初歩的なミスをしていた。
後から部品を変更したせいで、重心が後ろに傾いていたのだ。交換以外でその欠陥を補うにはロボカイがしているような姿勢をとるしかない。
信じられなかった。プログラムされただけの、応用の効かない生まれたての電子頭脳で、その答えを導き出したというのだろうか。

思考に没入しそうになったところで、ガチャンという音に引き戻された。バランスを崩したのか、ロボが今度はうつ伏せに倒れていた。
顔にかかる金糸の間から、同じく金色をした長方形の目が覗いている。黒目も白目も無いが、なんとなく、こちらをじっと見ているのは分かった。
感情を表さない機械の貌。そもそも感情なんかある訳が無い。設定していないのだから。
それなのに。
今考えてもおかしな話だが、まるで小さな子が「褒めて!」と健気に訴えているようだと思った。
実際は次の命令を待っていただけだと分かっていたし、初めての人型兵器に感傷的になり過ぎているという自覚はあっても、僕にはそう感じられてならなかった。
しかし、だからと言ってどうしたらいいのか。
この年になって誰かに褒められることなんか無く、最後に褒められたのも随分昔のことで、思い出すのに少し時間がかかってしまう。
しばし無言で見つめ合った後、漸く答えを見つけた僕は「あぁ」と声をあげてその場にしゃがみこみ、徐にロボの頭に手を伸ばした。
つむじから後頭部に向かって何度か撫でおろし、今度は流れに逆らうようにわしゃわしゃと髪を乱す。
こうやって誰かが頭を撫でてくれた記憶が、おぼろげながら頭の隅っこに残っていたのを再現してみたのだが、果たしてロボットにこの行為が相応しいのかは解らなかった。
当のロボ本人は少しだけ顔を下に向けて、なすがままに頭をぼさぼさにされていた。

あれから、もうすぐ一年。
従順で無口だったロボカイは、生意気でお喋りなロボになった。機能も格段に増え、歩行も難なく行える。
人格については、AIの学習機能を明らかに超えた成長?を遂げている気がするが、プログラム自体に異常は見受けられないため観察に留めている。
今日も元気よく「発進ッ!」と出かけていき、ちょっとボロボロになって帰ってきて茶菓子を要求してきた。
とりあえず茶菓子は後にして、成果報告と銘打った世間話を聞き流しつつ、メインコンピュータとロボの頭部を繋いで映像データをコピーしていく。
今日は珍しく、首尾よくデータ収集できたようだ。
近頃は誰に似たのか口だけ達者になってしまって、任務達成率はそれに反比例する様に低下していたので、少しだけ安心する。これなら上への報告もましになりそうだ。
モニターに映し出されるロボ目線の映像を流し見して、ある事に気付く。
ロボはオリジナルであるカイ・キスクに遭遇していた。
今までは血気盛んに戦いを挑んで破壊されかけるのがオチだったにも関わらず、今日は何故か自粛したらしい。映像の中のオリジナルは、怪訝な顔をしながらも剣を納めている。
データは十分だし危険だからと散々注意しても聞かなかったのに。遂に、遂に分かってくれたのか。

隣に腰掛けて取り留めのない話を展開しているロボに椅子ごと向き直ると、「?」と小首を傾げて黙り込まれる。
相変わらずの無表情だが、今なら何となく分かる。「用ガアルナラサッサト話セ!」と言っている顔だ。
変なところで素直なのは変わっていない。数少ないロボの長所だと思う。
そんな事はさておいて、ロボの頭に手をやった。
罵詈雑言の嵐かと思ったが、ロボはびくりと身をこわばらせた後、かつての様に頭を少し下げただけだった。
髪の指通りが悪い事以外は、ほとんど以前と変わらなくて思わず笑みがこぼれる。すかさず「何ヲ笑ッテイル」と不平が飛んでくるが、何処吹く風で撫で続けた。
そう言えば、こうして褒めるのも随分久しぶりだ。
「できる事」が当たり前になったからだろう。それよりも口の悪さや我侭さの方が目について、いつしかロボの成長に目を向けなくなっていた。
僕が組み上げただけあってロボのAIは超優秀で、戦闘以外についても日毎に成長し続けている。劇的ではなくても、プログラム自体に変化がなくても。生意気に振る舞いつつ本質は以前と変わらず学習と成長を続けているなんて、何とも健気なロボットだ。
だからと言ってはなんだが、たまにはこうして褒めてやるのも悪くはないかなと、金髪を派手にわしゃわしゃしてやった。

おまけ その1

「……ッハ!! ワシハ一体何ヲ!? テイウカ駄目博士、薄汚レタ手デ触ルンジャネェッ!!」
「えぇー!? なに、反抗期? まだ早いんじゃない?」
「違ウワボケェ! 機械油塗レノぐろーぶデ頭ニ触ルナト言ットルンジャ! ワシノきゅーてぃくるガ失ワレタラドウスル!?」
「それって、グローブとればOKってこと?」
「イヤ…ソ、ソウイウ意味デハナイゾ…」
「あ、そうなんだ。じゃあメンテナンスに移ろうか」
「エッ? チョ、チョット待テ」
「なに」
「モ、モウ少シダケナラ。撫デサセテヤランデモナイゾ…」ごにょごにょ
「素直じゃないねー、ほんと。昔みたいに自分から「撫デテー」って頭差し出せばいいのに。」
「ンナ!! ソンナ事センカッタワ!」
「はいはい。グローブとったから。」ナデナデ
「…ウム。クルシウナイゾ。」
「上下関係がおかしな事になってるねぇ…。」

その2

「それにしても、君も大人になったんだねぇ。嬉しいよ、分かってくれたみたいでさ」ナデナデ
「ハ?」
「今更オリジナルへの挑戦は無意味だもんねぇ。その上毎っ回壊されるから回収も修理も大変で…」ナデナデ
「待テ待テ。何ノ話ダ」
「え? だから、オリジナルより任務優先っていう僕の説得を聞いてくれたんでしょ?」ナデナ…
「何ヲ勘違イシテヤガル。今日ハ丁度みりあ・れいじガ300m先ニ確認デキタカラ、ソッチヲ優先サセタダケダゾ! ワシ好ミノ♀デナケレバ、おりじなるト戦ットッタワ!」
「…へぇ、そうなんだー、ふーん」
「? オイ、手ガ止マッテオルゾ…ン?」
「そうだロボ、君に追加したい装備があるんだ。その為にはX線機能が邪魔だから、取っちゃおうねぇ」
「何ィ!? ソンナ事シタラ、♀の体ヲちぇっく出来ンデハナイカ!! オイ、チョッ、何ダコレハ、動ケン!」
「はいはい、すぐ終わるからねぇ。これを付ければ、女性がみーんなムキムキに見えるようになるよー。そうすれば君も常に全力で戦えるようになるだろう? ついでにオリジナルの半径10mに侵入したら、支部に転送される機能も付けちゃおうか?」
「ヤメロォ!! ワシノ生キガイガッ! …ウギャー!!…」

出だしを書いた時点では死ネタになる予定でしたが、やっぱり無理でした。

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