The true heart of the peacock

そのロボットには、想い人がいる。
自分を造った生みの親、博士が好きなのだ。
その”感情”がいつから自分の中に在ったのか、生まれた時からすべての経験を記憶しているロボットにも、分からない。それでも、博士から任務が飛んでくれば自分がボロボロになるのも厭わず研究対象と戦ってデータを収集し、戯れに放られる労いの言葉らしきものに胸のエンジンを熱くさせるのだった。
今日も任務から帰還したロボットは、研究室の扉の前で自分の身体を見下ろす。砂にまみれた白を基調とした制服がざらついた視界に映る。視覚センサが片方壊れているためか情報が覚束ない。いつもどおりと言えばそうなのだが、今日は取れた腕を残ったもう片方の手に握りしめていた。そんな自分の姿を顧みて、ロボットは溜息らしき音を発した。その表情は変わらないが、途方に暮れているようにも見える。
想い人が今の自分を見たら何と言うだろうか。それとも、何も言わず黙々と修理をするだけだろうか。……もしかすると、ロボットの無力さにあきれたように息をついて、新しい機体を用意するかもしれない。
いつもモニターと向き合って、一瞥もくれない博士。それでも修理だけはきちんとして、再起動したロボットに次の命令を下してくれる。無関心に見えて、最低限の世話はしてくれる。相変わらずロボットに背を向けたままでも、それだけで彼は幸せだった。
博士がほんとうに、ロボットのことを不要だと判断したとき、ロボットの全ては終わる。彼は、それが最もおそろしかった。なぜなら、博士に恋する自分が消えてしまうから。
こういうことを考えるとき、ロボットの”気持ち”は大きな大きな心配と、ほんの小さな嫉妬に支配される。
決して自惚れているわけではないが、ロボットは、自分が居なくなった後の博士の孤独を思うと、心配でならなくなる。だって、ロボットは生まれてから一度も、この施設から出る博士を見たことが無いのだ。もっと言えば、ロボット以外にも居るはずの”生きている”部下も見かけたことがないし、モニターの向こう側に居るらしい相手と会話などをしている様子もない。だとしたら、ロボットが居なくなれば、博士は独りきりになってしまうのではないか。
ロボットは、己の特別さを何となくだが理解している。
人格プログラムの中に、”自分”という一己が発生して、成長しつつある。これは聡明な博士ですら否定するか、或いは信じないであろう現象だ。今まさに思考している自分が、所謂バグから生まれたいつ消えてもおかしくない”生命”なのだ。生身の身体は持たずとも、博士を想うのはまぎれもなく生きた気持ちだ。このようなレアケース、二度目があるとは思えない。だからこそ、自分亡き後の博士が心配で仕方なかった。
そして先述のほんの少しの嫉妬とは、ロボットが居なくなった後、案外平気そうに生きていく博士を想像してしまうたびに現れる感情だ。
ロボットは知っている。
モニターをのぞき込む博士が、時折溜息をついているのを。
その溜息は一体、どんな気持ちを、誰に届けたくてつくものなのか、そこまでは分からない。でも、もしかするとロボット以外の誰かと心通わせる日が、博士にも来るのかもしれない。それを考えると、ちくっと胸が痛むのだ。
痛みを忘れようとかぶりをふって、ロボットは扉横のパネルにパスワードを入力する。自動扉が開いた先、薄暗い室内に沈み込むような色合いの後ろ姿を発見しエンジンルームの温度が急激に上がる。ぷしゅっと小さく排熱しながら入室し、いつもどおり自ら人ひとり寝転がれるサイズの作業台へと乗り上げた。博士がエンジニアブーツの踵を鳴らして、作業台へと近づいてくる。すぐそばまでやって来ると、博士はロボットの顔をのぞき込み言った。

「ロボ、今日もお疲れさま。少しだけおやすみ」

ロボットはぼんやり薄れる意識の中で、これが最期ではありませんように、と願いながら停止した。

あまり気にかけ過ぎると、手放せなくなる。それでは本末転倒じゃないか。
いつも自分に言い聞かせている言葉だ。
目の前で眠る我が子が再起動するまであと一分三十四秒ほど。金糸の隙間からのぞく同じく金色の目に、まだ光は宿っていない。ぴよぴよとあちこち跳ねている髪の毛を指で梳いてあげながら、作業台に頬杖をつく。今日は少し焦った。ロボが思ったよりも重傷で帰ってきたからだ。僕がもう少し強く引き止めていれば、最後の一戦は避けられた筈なのに。近頃のロボは、頑張りすぎるきらいがある。生まれたての頃は僕の指示通りにしか動けなかったこの子が、自分でいろいろと学び成長するのは親として喜ぶべきことなんだろう。だけど、それで帰ってこれないほどの傷を負ったらどうするんだ。いくら引きこもりと”上司”に揶揄される僕だって、そのときは覚悟を決めて直しに行くけれども。

「はぁ……もう気にかけるとかそういう次元の話じゃないな」

溜息も出るというものだ。本来なら使い捨て、なんなら量産しまくる予定だったのに。どうしてこうなった。
だけど、こうなってしまったからにはもう、自分の気持ちに正直に行こうかと思う。
ロボが目覚めるまで、あと、五、四、三……。
ロボの目に光が灯る。三度大きく明滅する明かりは、まるで寝ぼけて瞬きをしているようでかわいい。

「おはよう、ロボ。気分はどうかな」

こちらに顔を向けてギシリ、と固まったロボを見て少し心配したけど、数瞬後飛び起き「ハ、博士……!?」とか「ドウシテ」とか言っているのを見て安心する。ずいぶん人間らしい挙動が増えたなァ。ちなみに”どうして”かなんて、さっきも思ったけどこっちが聞きたいくらいだよ、まったくもう。

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