きらいって、言ってよ。




過酷な戦いを経て成長した常識人?バリーちゃん×バリーちゃん限定で殴る蹴るされるのがたまらないどえむ?キースちゃん。
いつも通り大したことない感じですが、おいやな方はお避けくださいませ。









私はバリーが好きだった。
“無敵の子”と呼ばれていた私に、初めて敗北の味を教えてくれた魔物の子。
生まれたての雛鳥がそうする様に私はバリーの後を追いかけ、何度も何度も、それこそ数え切れない程の敗北を味わった。少なくともバリーに出会うまで子どもとしては無敵を誇っていた私にとって、抉られるような痛みも狂おしいほどの悔しさも、身を焼くような羨望さえも、全てが初めての体験であり、その激しさに直ぐに魅了されてしまったのだ。そしていつからかバリーに勝利する事よりも、戦闘そのものとそれに必ず付随する苦杯の味に執着するようになっていった。
バリーは手を抜きながらも一切容赦をしなかったから、私の身体には生傷が絶えず、倒れた私を踏み躙るバリーのその凶暴性と嗜虐に恍惚としたものだ。この傷はバリーのドルゾニスに穿たれたもの、あちらの痣はバリーのあの爪先で蹴り飛ばされた時のもの。魔物故に直ぐに回復してしまう傷たちが不満だった。せっかくバリーが私の身体に刻みつけてくれたというのに、と。
私が自らの自虐性に気づく頃にはバリーでなければ満足できない身体になっていたから、王候補にバリーと私が含まれていると知った時、私は天に感謝すらした。これで本気のバリーと戦える。私の心と体に消えない傷を創ってもらえる。私が死ぬ気で抵抗すればするほど、バリーの加虐心は煽られるに違いない。
その筈だったのに。
ファウードに乱入してきたバリーと戦って、私は気づいてしまった。バリーがかつての嗜虐心を失っている事に。確かに、私はこれ以上ない程の敗北を喫した。その点については満ち足りたのは事実だ。だが、当のバリーは本気ではなかったどころか、私を徒に踏み躙るような加虐を行わなかった。残念でならなかった。私が求めるバリーは、虚像となってしまったのだ。もうあの魔物の中に、かつて私が追い求めたバリーはいない。
そう悟ると同時に魔界へと還る。その場に立ち尽くしていると、すぐそばにバリーが現れた。事情は何となく察し、言葉を失う。否、初めから私にこの魔物に言葉をかける権利などなかった。只々茫然と俯いていると、やつが近づいてくるのが分かった。私の前に立ったあいつは、あろう事か私を真正面から抱きしめた。まるで、人間界での最後の瞬間をやり直すかのように。私をとらえて離さないこの魔物が得体の知れない何かに感じられ、戦慄する。これは何だ。悪い夢でも見ているのだろうか。
恐怖から逃れるように瞼を閉じると、バリーだった筈の何かが囁いた。「好きだ」と。
嗚呼。どうか残酷に、この夢を終わらせてくれ。



……泣かせるつもりは、なかったんだがな。
腕の中のキースが何度もしゃくり上げるので、あやすようにその小さな背を撫でる。俺の告白、そんなに嫌だったのか。もう顔も見たくないし気安く触るなってやつだろうか。そう考えて、理解もしているのに、この小さなライバルを解放してやれない自分がいる。
やっと見つけたと思えば、ファウードの力に飲まれて出力だけは無駄に跳ね上がり、常の戦闘に対する冷静さも器用さも失っていたキースを見て酷く心配した。何故って、好きだからに決まっている。初めて会った時から俺の後をちまちまとついて回るこいつが鬱陶しくなかった訳がない。だが、無敵の子という”レッテル”は嘘ではなかったようで、俺の足元に食らいついてくるような戦い方は割ときらいではなかった。腕のスプリングを活かしたトリッキーな軌道、投げ飛ばせば空中で体を反転させて出力されるガンズ・ギニス。もう一度言う。キースの器用な、それでいて泥くさい戦い方がきらいではない。むしろ好きだ。
前の学校でも転校先でも、キース以外の奴らは、一度俺に負ければそれ以降は挑んで来なかった。だからといってはなんだが、俺の当時の焦燥感や凶暴性、孤独感などの負の部分をぶつけられる相手はキースしかいない状態だった。以前の俺はとにかく破壊衝動に駆られ、それを制御することも放棄してしまっていた。それなのにキースは懲りずに挑んできてくれた。そんなキースに甘えて、俺はあいつを何度も何度も執拗に痛めつけた。既に気絶しているキースを蹴り起こして戦いを続行させた事もある。今の俺なら、過去の自分をぶん殴ってでも止めるだろう。いや、殴っただけで止まる筈がないから、弱所突きで倒した後、キースを大事にしろとこんこんと説教してやりたい。あれだけのことをしても挑んできてくれる、そばにいようとしてくれる、そんな存在の有り難みを理解しろ、と。
そう考えながら腕に力を込めると、キースがヒッと息を呑むのが伝わってきた。そんなに恐がらなくても、とは思えど、キースからすれば同性のしかも自分を散々叩きのめした魔物が突然愛の告白をしてきたのだから、恐くもなるかと無理矢理納得する。冷静を装わなければ、崩れ落ちてしまいそうだった。決定的に拒絶されたわけではないのが唯一の救いだ。だが、その安堵も糠喜びでこの瞬間にも終わりを告げるのではないかと思うと気が気ではない。早く、キースの返事が欲しかった。というのも、キースが泣き出すまでは、こいつも俺のことが好きなのではという確信に近い望みがあったのだ。だって、きらいな相手に戦いの最中限定とはいえ、あんなに愉しそうで無邪気な顔を見せるとは思えなかったからだ。
抱きしめた小さなライバルの名を呼ぶ。想定していたよりも不安げな弱々しい声になってしまった。格好つかねぇな。
内心であたふたしていると、キースがぐすっと湿った音を立ててからひとつ息を吐いた。そして、くぐもった声が腕の中から聴こえてくる。

「貴様はもうバリーではない」

言っている意味がよく分からなかったが、ただその言葉に含まれた不穏さは伝わってきた。
そしてこの台詞に俺への拒絶が含まれていることも感じ取れた。だが、俺はフラれたという事実よりも、この言葉の意味、つまりフラれた理由の方が気になった。キースが何と言おうと俺は一向に”バリー”そのものなんだが、こいつは一体何を言っているのだろうか。

「どうした、まだ混乱してるのか?俺はバリーだぞ?」

腕の拘束をゆるめて、キースの顔を覗き見る。なるべく落ち着かせようと背を撫でる手は止めずに。するとキースは苦しげにその端正な顔をくしゃりと歪めた。だがそれはほんの一瞬のことで、すぐに俺の腕を振り払い、普段は割と無感情な目に激情を映してキッとこちらを睨みつけてきた。

「バリーはこんなにやさしくない!やさしいバリーなど、バリーではないッ!」

癇癪を起こした子どものように叫ぶのを見て、やっとキースの言っていることが理解でき始めた。先の述懐にもあったように、王を決める戦いに出向く以前の俺はキースを何度も、徒に痛めつけてきた。だからだろう、キースの中の俺は悪虐非道な輩という形で定着しているらしい。それはそれで正しい認識なのだろうが、今の俺からしてみれば、是が非でも否定しておかなくてはならないことだった。自分で言うのもなんだが、俺は変わった。無為に他者を傷つけることにはもう、意味を見出さない。だが、キースはその小さな身体で精一杯に今の俺を否定するのだ。

「バリーとの対話は、言葉ではなく術の応酬ですべきだ。その手足はなんの為にある?他者を、私を殴り蹴り飛ばす為だ!……それなのに!」

キースがピンと伸ばした手の先をこちらに向けた。板状の光が俺たちの周囲に出現する。

「ガンズ・ギニス!!」

自分諸共俺を攻撃してきたキースの心の傷の痛ましさを痛感しながら、キースに覆いかぶさるようにして攻撃を背に受ける。キースはじたばたと暴れながら声を荒げた。

「どうして助けた?!そんなこと私は頼んでいないぞ!」

言葉の身勝手さに反して、キースはまた泣いていた。もう自分の心がぐちゃぐちゃで限界を迎えたのだろう。その硝子の目から滂沱と溢れる透明の水はそれでも綺麗だった。
光線によって焼かれた背の熱さに、ぐっ……と唸り声をこらえる。それを見たキースは、俺の下から這い出て立ち上がると、引き攣るように泣きながら笑った。

「ハ、ハハ……私なんかを庇って何になる。さぁ、やり返せ!殺すつもりで来い!」

あろうことかキースは頬を染めて俺の反撃を今か今かと待っているようだった。ここに至ってようやく俺は、重大なダメージをキースに与えてしまっていたことに気付いた。先程までの認識は甘かったと言わざるを得ない。戦いにおいて嗜虐性を顕にするたちだったキースが、その逆を行っている。プライドが高く相手を打ち負かすことに全身全霊をかけさえするこのライバルの、心のどこかを壊してしまっていたのだ、俺は。
俺が膝立ちのまま半ば茫然としている間にもキースは言う。その表情は相変わらずの泣き笑いだ。両手を広げて、その場でくるくると夢見るようにステップを踏む。

「人間界での続きをやろうじゃないか!あのままいけばバリーは私を殺していた筈だ!私の心と体に決して癒えない疵を創った上で!……貴様がバリーだと言うのなら今ここでそれを証明して見せろ!!」

興奮を抑えきれない様子のキースは、明らかに頭の螺子がゆるんでいるようだった。その螺子をゆるめたのは、他でもない、俺自身だ。俺は目を閉じ深く呼吸をした。そして、これから行う最低な行為について覚悟を決め、瞼を開いた。キースが不思議そうに小首を傾げて俺を見ている。

「キース……おまえを傷つける方法は何も戦いだけじゃねぇ」

「一方的な蹂躙か!悪くないな!だがやはり抵抗された方がやり甲斐があるんじゃないか?」

いっこうに会話が噛み合わない。だが、もうそれは気にならなかった。
俺は徐にキースの両肩に手を置いた。きょとんとしている無防備過ぎるその表情、特にその薄い唇に目線を落とす。
そしてそのまま自分の唇をキースのそれに重ねた。拳が飛んでくるかと思っていたが、それらしい抵抗は無く、キースはされるがままじっとしている。初めての口づけは、涙の味がした。
暴力以外でキースの望む傷跡を残してやる方法。考えた末に俺はそれを実行に移してしまった。キースは以前の粗暴な俺に惚れている。その暴虐に魅入られている。だが今の俺は、キースに暴行をくわえる勇気も意義も見い出せなくなってしまった。つまり今の俺は、キースにとって要らないもの、もっと言えば嫌悪すべきものなのだろう。そんな相手に無理やり口づけられる。心に疵を創るならこの方法は有効な筈だ。効果がないのなら、このままどこか都合のいい場所で犯してしまってもいい。キースの望んだ痛みも傷も両方与えられる。……その前に俺の心がやられちまいそうだが。好きな相手には、キースには真っ当に幸せになってもらいたかった。その気持ちが抑えきれずに告白してしまった結果がこれか。
自嘲気味に表情を歪める俺を、ゼロ距離で見つめるキースの目はどこまでも透きとおっている。



永遠とも思える口づけから解放されたとき、私の心がつきりと痛んだ気がした。その理由は……よく分からない。
この口づけが、目の前の魔物がバリーであると言う証拠か。そう思うと、酷く滑稽に思えてきた。何がって、全てが。
バリーから齎される痛苦や悔しさは、未来永劫失われたことが分かってしまった。それにずっと固執するのも億劫になった。どうせ無意味なのだ、今の”バリー”に以前の惨忍さを求めること自体が。ならば、せめて。

「犯してくれよ……手酷く。なぁ、”バリー”」

馬鹿だな、って笑ってくれたら。もう何も要らなかった。冗談にしてもたちが悪い自覚はある。だが、これで過去から解放されたかったのだ。きっと”やさしい”バリーは、私の意を汲んでくれるはずだから。私が好きだったバリーはもういない。そしてやつが望んだであろうキースという魔物ももういない。だから、お互いに諦めよう。そう願った私の心中を知らぬバリーは息を呑み、真剣そのものといった顔で私を抱き上げた。これから何処へ向かい、何をするのか。まさに自業自得。自分で招いた結果にもかかわらず、そのおぞましさに身震いし、これ以上ない程の後悔に身を沈めながら、裁きのときを待つことしかできなかった。





バリキスへのお題【どうか残酷に、この夢を終わらせて。/泣かせるつもりはなかったんだけれど。/馬鹿だな、って笑ってくれたら。】
お題元さまはこちらです。https://shindanmaker.com/287899

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