だからパートナーのアドバイスは守れと言うに。

「キサマも私の酒が飲めんと言うのかァ? ロデュウ〜……」

「それバリーのワインだろうが……って言うかいい加減どけよッ」

「うぇーん、ロデュウがいぢめるぅ」

「ばっ……か、それはねぇよ」

俺はいま何を見せられているのだろうか。
キースが俺以外の相手の膝上に対面で座り、酔っ払って面倒くさい感じで絡んでいる。
傍から見れば、目の前で繰り広げられているのはそんな茶番だ。
だが、俺の眉間には縦に深い皺が刻まれ、こめかみには青筋が浮くのが自覚できる状況。それも当然だろう。俺、キースの彼氏だし。
だっておかしくないか? 俺が相手ならまだしも、なんでただのクラスメイト相手にあんなに甘ったるく絡んでいける?
そもそも、ロデュウもロデュウだ。なに満更でもない顔して頬を赤らめてやがる。
学校の昼休みにワインを開けた俺にも多少の非はある、と思う。言い訳をするならば、俺は好奇心に敗北してしまったのだ。というのも、俺たちが面白がってワインを飲ませる前にキース自身が言った『ベルンには絶対に人前で酒を飲むな、と厳しく言いつけられている』という旨の発言が発端となっているからである。
こんなことを言われて、好奇心に勝てるわけがない。俺の知らないキースの一面を、やつのパートナーだった人間は知っているのだから。『ずるいぞ、ベルンの野郎』と、ろくに会話もしたことがない異世界の住人に恨み節を向けてしまうのも仕方のないことだろう。
などとギリギリしていると、目の前のふたりが新しい段階に進んだようだった。

「ロデュウの髪はきれいなブルネットだなぁ」

そう言いながらほんとうに嬉しそうにロデュウの黒髪を指に巻き付けて弄ぶキース。吐息が感じ取れそうな距離で、にっこり、と花が咲くように微笑まれたロデュウは、その気もない筈なのに急にどぎまぎしだす。それでも、酔っているキースに負けないくらい真っ赤になって、そっとキースの肩を押し返そうと頑張っているようだ。
こいつらどうしてくれようか、と手を出しあぐねていると、徐に傍らから立ち上がる棍を携えた小柄な影。千年の時を越えて俺たちのクラスメイトに収まった男、ツァオロンだった。
ツァオロンは未だいちゃついているふたりにゆったりと近付き、キースの真横にしゃがみ込むと、ロデュウを指さして言った。

「そんなにこいつが好きか」

きょとんとツァオロンを見つめ返すキースは、無垢なこどものように澄んだ目をしている。その真っ直ぐ過ぎるほどの視線に射貫かれながら、ツァオロンは一切臆することなく言葉を続ける。

「おまえが想う相手は別にいる筈だろう」

「私が想っている……? そのような相手はバリーだけだぞ?」

「そのバリーが盛大にヤキモチを焼いていると言ったら?」

ぐりん! という効果音と共にキースが俺の方を見る。先程までロデュウやツァオロンに向けられていた純真無垢な視線を一身に受け止め、俺は負けじと見つめ返す。
するとキースの表情が、へにゃり、と安心しきったやわらかい笑みに変化したではないか。
それを見た俺は、つんと鼻が痛み目頭が熱くなるのを自覚した。あぁ。こいつは、キースは、俺を見てこんなふうに微笑うのか。仮にもライバルを自称する相手に、このように無防備な笑みを向けるというのか。
キースと恋仲になってまだ日は浅いが、こうなる前に何度も何度も何度も囁やき、時には両肩を掴み正面から怒鳴りつけんばかりの勢いでぶつけてきた俺の想いがきちんと伝わっていたのだと分かって、今俺は泣いてしまいそうだ。
不意に俯いた俺を不思議に思ってか、キースが俺の名を呼ぶ。
それに応える声は、震えてしまっている。
くすっとロデュウとツァオロンが笑む気配。

「……ったく。しょうがねぇやつらだな」

「惚気は他所でやってくれ」

そう言うと二人は立ち上がり、ロデュウはキースを抱き上げて俺の膝に乗せ、ツァオロンは俺の肩を軽く叩くと意味深に口元に弧を描いた。
背後で屋上から階下へと続く扉が閉まる音が響く。
ふたりきりにされてしまった。こんな危うい状態のキースを目の前にして、俺がナニかを仕掛けるとは思わないのか。それともそれを狙ってのことだろうか。ひとでなしめ。まあ、最初から俺たち全員ヒトではないが。
キースはというと、赤らめた頬はそのままに、俺の膝の上にちょこんとおとなしく座っている。もじもじと指先を擦り合わせながら。
こんな時、何を話せばいいのか全く分からない。だって俺たち、まだ十七歳だし。お互い初恋だし。
人間界から還ってきて、こころを閉ざしてしまったキースに俺の気持ちは幾度となくぶつけはしたが、キースから返事をされたことは片手で数えるほどしかない。
あの戦いから俺へのいろいろな想いを拗らせたらしいキースは、人間界に行く前より素直に感情表現が出来なくなったようで、以前の俺たちを知るクラスメイトは驚きを隠そうともしなかった。
いやなことを思い出して、俺は思わずかぶりを振った。そんな俺を幼気な表情で見つめるキースに居た堪れなくなり俺は言葉を探す。

「……さすがの俺も妬くぞ」

唸るように低く言うと、一拍置いたあとキースは笑いだした。
ひとしきり笑って満足したのか、今度はキースが言葉を紡ぐ。

「ただ、懐かしかっただけだぞ? 我がパートナーだったベルンも見事なブルネットだったからな」

この期に及んで他の男の名を呼ぶその口唇が憎らしく、思い切って己の口唇で塞ぐ。ただくっつけるだけの口づけは、呼吸を求めて互いが離れるまで続いた。名残惜しいような、それでいて照れくさいような、長くて短い時間だった。
離れたあと下唇をゆっくり舐め艶然と笑んだキースを見て、『こいつ……今自分がどんな表情してるか分かってねぇんだろうな……』と思いながらも視線は釘付けだ。俺の胸中など知る由もないキースが言う。

「ふふっ。かわいいなぁ、バリーは」

「な、!?っか!」

かわいいのはおまえだろうが!!
そう叫ぼうにもあまりの衝撃に言葉が続かない。狼狽えまくる俺を実に愉しそうに見、キースは俺の折れた方のツノから頬にかけて撫で下ろし、また撫で下ろし、を繰り返している。その手の所作には、慈しみとか愛情とか、何かそういう類いの感情が多分に含まれている気がした。

「……なんか俺、おまえが人前での酒を禁止された理由、分かったかも」

このキースを知れた嬉しさ半分、このキースを知っている他のやつがいる悔しさ半分、ぼやくように言ったが、当の本人であるキースはきょとんとするばかりでもどかしさが募る一方であった。

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