二日酔いに効くドリンクも用意しておかなくては。





「私の酒が飲めないのかぁ?ベルン?」

いや、おまえの酒じゃないし。
晩酌用に用意していたとっておきの日本酒を、少し目を離した隙にキースに飲まれてしまった。と言ってもグラスのふちをほんの少し舐める程度の量だったが、目の前の魔物の子はその色素の薄い顔を見事に真っ赤に染め上げている。あのひと舐めでここまで酔うことができるものなのか。
半ば感心しながら、キースの手からグラスをやんわりと取り上げる。

「やっと飲む気になったか」

「もともとそのつもりで準備してたからな」

先程キースが揚げてくれたいも天をつまむ。ふむ、やはりこの子の作るテンプラは美味いな。きれいに咲いた衣の花はしゃくしゃくと歯に心地よく、いもは程よくしっとりとしていてほろりと口の中でほどけていく。そこに辛口のきりりとした味わいの日本酒を流し込めば、至福の時間が訪れる。ほぅと息を吐くと、未だ赤ら顔のキースがことりと小首を傾げてこちらを見つめているのに気づいた。視線だけで問えば、キースは「ふふふ」といたずらを思いついた様に愉しげに笑った。ぴょんとダイニングチェアから飛び降りると、とたとたとこちらに駆けてくる。私のすぐそばに辿り着けば、キースは遠慮のえの字も知らない様な突飛さで私の膝の上に跳び乗った。テーブルのいも天が取りづらいな、と考えていると、キースがこちらの両肩に手を置いて言う。

「うまいか?私のいも天は」

「ん、ああ。美味いな」

「じゃあ、ベルンのお嫁さんになっても良いわけだ!」

口に含みかけていた酒を目前のキースの顔に吹きかけてしまった。そして噎せる私の背を大きな手で撫でながら、キースはけらけらと笑う。
咳も落ち着いて来る頃、私はキースを宥めるように努めて冷静に言った。

「おまえは男子だろう」

「だが以前私の料理を食べて言っていたではないか。『いいお嫁さんになれるぞ』と」

「あれは……言葉のあやと言うやつだ」

そう答えた途端、キースが悲しげに眉根を寄せた。
こういう表情のキースはあまり見ることはない。
常に余裕を気取りふてぶてしく葉巻をふかす様は、十七歳とは思えない貫禄を醸す。だがそれと同時に、小さな子が一生懸命背伸びをして虚勢を張っているような必死さも垣間見える瞬間があり、それがまさに今だった。
ふるふると震えながら、涙を堪らえている姿はさながら幼気な子どものようで、私は少し慌てた。

「あ、いや、おまえが望むのならお嫁さんでも何でもなればいい。だがな、私とおまえとでは今以上の関係にはなれない」

「……どうして?」

「おまえは魔物で、私は人間だろう。住む世界も、寿命も、何もかも違う。おまえと添い遂げられるのは、魔物だ」

くすんと鼻を鳴らして、キースはしぶしぶ頷いた。
ほっとしていると、笑む気配がした。私の髪を指先でくりくりともてあそびながら、キースは爆弾を投下してきた。

「ちゅうしてくれたら、諦めてやる」

さっき頷いてたじゃないか。納得してくれたわけではなかったのか。
まあ、どこに、とは指定されていないので、額にひとつ口づけをほどこした。
当然ながらキースはぷんすかと怒る。

「ずるいぞ、ベルン。こんなのちゅうに入らん!」

よっこらしょ、とキースを抱き上げ、寝室へと向かう。
ベッドに横たえた後も、「もう一回だ」とか「今度は口に」とか文句を言っているキースの丸っこいお腹をぽんぽんと手のひらで柔らかくたたく。酔いもあってかおねむ状態に入ったキースに、囁くような声で言う。

「こういうことはな、本当に好きな相手に強請るものだ」

そう言った私の微かな言葉に応えるように、眠りの世界に旅立った筈のキースがむにゃむにゃした後言葉をこぼした。

「んぅ……ばりぃ……」

バリー……って、いつもライバル視しているあの子のことだよな?
会ったことはまだ無いが、キースから特徴を伝えられている。青くて背の高い、二本角が自慢の魔物の子。普段から事ある毎にバリーくんの名を口にするが、まさかそういう意味でも夢中だったとは。
キースのこの気持ちを否定するつもりは全く無い。むしろ叶って欲しいとすら思っている。なんせ一度決めたら一直線な子だ。止めても止まらないし、抑圧されれば余計に気持ちが加速するだけだろう。
ただ、酒の勢いで、なんて事にはなって欲しくない のは、親心というやつか、それともただのエゴか。
とりあえず、明日キースが目覚めたら、他者の前で飲酒するのは止めておけと言い聞かせなければ。
……というか、この子、未成年じゃないか。いかん、親御さんに顔向けができないな。

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