元ライバルって関係最高じゃないですか。だって片方はもう手の届かない存在として相手を見てるんですよ。諦めてるんですよ。だから相手の片割れくんには是非、無理にでも手を引いて一緒に歩いて行っていただきたい。



「おまえの声、好きだぜ。耳触りがいい」

なんだ急に。
というツッコミは、頭の中を物凄いスピードで過ぎっただけで口から飛び出すことは無かった。それくらい、私は驚いていた。
だって、あのバリーが。私を褒めるなど。
アレ?もしかして聞き間違いとか空耳というやつだろうか。それとも願望が生んだ幻聴?
これまで取り立ててバリーに褒められたいとか考えてなかったつもりなのに何故。

「オイ、聞いてるのか。キース?」

だめだ、何故かバリーの方をまともに見られない。
視線を机の上の問題集にやってなんとかこの場をやり過ごそうと試みる。

「っ聞いてるぞ!えーと……問三だったか。この台詞から読み取れる作者の意図は……」

「今俺が訊いたのはそこじゃねえ」

この言葉と共に頭に手刀を落とされる。

「オギャン!キサマ仮にもコイビトに向かってこの愛の無い仕打ちは何だー!」

頭を手でおさえながら叫ぶと、バリーが机に頬杖をついてこちらをじっと見下ろしている事に気付いた。この関係になる前から気付いてはいたが、その鋭い眼には、なんというか、以前のバリーには無かった生暖かい何かがこもっているように感じられ、直ぐに目を背けた。視界の端でバリーの口が弧を描くのが見えて、余計に居た堪れなくなる。

「恋人、なぁ」

どこか噛み締めるようにそう言って、フッとバリーが微笑う気配がした。
バリーは変わった。以前のこいつなら、こんな風に優しげな空気を纏う事は有り得なかった筈だ。いつも何かに追い立てられている様に苛ついて、近付こうものなら容赦はしないという刺々しい雰囲気をあちこちに振り撒いていたというのに。
それがどうだ。あの戦いの日々を乗り越えてからというもの、王とまではいかなくとも、それに準ずる者の風格を備えるようになってしまった。一敗北者でしかない私にとって今のバリーは、あまりにも大き過ぎる。
グッとペンを握り締めた私の心中を知ってか知らずか、バリーは言葉を続けた。

「おまえのその声で言われると、胸がこう、じんわりする」

バリーの言葉が、離れて行こうとした私のこころを絆すのが判った。現金にもすぐさま笑みを浮かべそうになる表情筋を叱咤して、ぶ然とした顔をして見せる。

「ふ、ふん。ベルンも言っていたぞ、『おまえのテノールは私には福音だ』とな!」

照れ隠しに咄嗟にパートナーの名を借りた。言われた台詞は事実だが、このタイミングで別の人物の名を出す事は割と禁忌なのでは?と今更焦る。
机の上でペンを握っていた私の手に、バリーのすらりとした手が重ねられた。思いの外温かい、最近慣れてきた筈のコイビトの体温に身が竦む。
何故か泣きそうになりながらおそるおそる視線を上げると、バリーとばっちり目が合った。
やつは凪いだ表情で口を開く。

「おまえのパートナーも、おまえに良い影響を与えてくれたんだな。
もしおまえの成長を疎ましく思うようなパートナーだったなら、こんな風に話す事も触れる事も出来ず、俺たちの結び付きは解けていたかも知れねぇ」

そうはにかむように言って、青い元ライバルは重ねた手にきゅっと力を込めてきた。
バリーの言葉には、郷愁や愛しさとかいう感情が多分に含まれていて、それはあちらの世界での日々に向けられているのであろう事は手にとるように判った。
バリーは変わる事が出来たが、私は違う。あの日あの時の後悔と喪失感に雁字搦めとなり、一歩も進めずにいる。私自身はそう考えているのに、バリーは私も成長したと思ってくれていたのか。

「ぅ゛ぅー……ッ」

急に俯いてぼろぼろと泣き出した私を見ても、バリーはたじろいだりしなかった。親指の腹で涙をやさしく拭ってくれる。

「泣くな、とは言わねぇよ。この涙の理由は、何となく解るからな」

「だって……私、あの時スイッチを押してしまった……!バリーたちを殺そうと……ッ。自分が怖くて、もう駄目だと思っていたのに……バリーもあの場にいたみんなも……やさしくしてくれて……!申し訳なくて消えてしまいたかった……ごめん、ごめんなさい……ごめんなさい」

あの戦いからずっとこころの奥底にわだかまっていた、直視したくない気持ちが濁流となって口からこぼれ続ける。このままではさすがのバリーも愛想を尽かすだろう。
バリーが仕方が無いなと言う様にひとつ息を吐く。それにすら怯える私を、やつは躊躇いなく抱き上げ自らの膝上にのせた。そして次々にあふれるしょっぱい雫を、根気良く拭いながら言う。

「そうやって反省できてるって事は成長した証拠じゃねぇのか?以前のおまえだったら、自分と向き合うって事すらなかったと思うぜ。何ていうか、ちゃんとした情操教育受けさせてもらえてたんだな」

やっぱおまえのパートナーにも感謝しねぇとなぁ。
そうしみじみと言い、バリーが私の額に口づけをひとつほどこす。
本当に嬉しいと、言葉よりも涙が出るのだとこの時初めて実感した。







バリキスのお話は
「耳触りのいいその声が、好きだと思った」で始まり「本当に嬉しいとき、言葉よりも涙が出るのだと知った」で終わります。
お題元さまhttps://shindanmaker.com/804548

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