小糠雨を浴びながら








「ヌゥ……こんなところで、どうしたのだ、」

キース。と名を呼んでみれば、しとしと、雨が降り続く中で傘もささずに道端で項垂れ座り込んでいた三日月が、ふいとこちらを見上げた。

「ガ……貴方様こそ、このような場所でどうなさったのです」

その彫像めいた顔にはなんの表情も浮かんではいないし、ともすれば言葉尻などから皮肉な雰囲気を放っているように感じられる。しかし、その硝子をはめ込んだような眼から流れているのは伝って落ちてきた雨だけではないと、ガッシュの目には明らかであった。

「ガッシュと呼んでほしいといつも言っておるであろう。言葉も、いつもお主が遣っているものを……とも。それと此処へは……ただの偶然だ」

最後の言葉は嘘である。
王族直下の軍隊長の一人、コバルトブルーの彼─ヴィンセント・バリーが王宮の廊下をツカツカと歩き回っていたのを見かねて声をかけたところ、少しの逡巡の後答えてくれたのだ。曰く「あいつが居ねぇんだ」と。”あいつ”が誰なのかは直ぐに判るくらいには、王宮内の風通しは悪くないはずだ。立ち止まっている時間すら惜しいとでも言いたげなバリーの様子を見、ガッシュは「私も共に探そうぞ!」と申し出たのだった。バリーは驚きと恐縮を綯い交ぜにした表情の後、苦笑して「……あぁ、頼んだぜ」と言ってくれた。
とりあえず城内はほぼ探し終わっていた為、二人で外へ出た。ガッシュの教育係でもある法律家のアースが渋い顔をしていたが、バリーが見せた何故かプリンと共に置かれていたという『探さないでくれ』というキースのメモに、本当に仕方無くといった様子で頷いてくれた。
二手に分かれて城下を早足で歩いていたところ、町の外れにあるさびれた一角でキースを発見したのだった。

「フハハ……偶然。偶然な。……なぁ、ガッシュ?おまえは本当にいいやつだ。おまえが王様で良かったと、今は心の底から思ってるぜ。だがよ、優し過ぎるってのも中々難儀なもんだとも考えちまう。何故か分かるか?」

ガッシュは黙っていた。恐らく今のキースは、問いたいのではなく、語って吐き出したいのだろうと悟ったからだ。

「私みたいなどうしようもないやつですら、見捨てることができないからだよ。私は自分のことしか考えられない」

へらりと薄っぺらな笑みを、傘を差し向けたガッシュに向けるキース。頭上を覆った大きな傘を少し指先で押してガッシュの方に差し戻しながら、キースはまた俯いてしまった。
ぱたぱたと空からの水を受け、涙をこぼし続けるキースを見て、ガッシュは彼の隣に座り込んだ。そして傘をふたりの間に来るように持ち直す。

「……せっかくの衣装が泥だらけだぜ、王様」

「友ひとり元気づけられぬようでは、私の目指す王様にはなれぬのだ」

ガッシュの台詞にはっと顔を上げたキースだったが、「友、」とあっけに取られたように言葉を溢したきり黙り込んでしまう。
しばらく沈黙が続いた。まだ何か言いたかろうと思い、キースが切り出すのを待つ。触れ合った腕からキースの体温が微かに伝わってくる。あぁ、いつの間にか背も追い越してしまったのう……と、初めて戦った日の事を思い出しながらガッシュは傘越しに曇った空を見上げ雨音を聴いていた。そこではたと気付く。

「ウヌ、私たち今、”相合い傘”というやつなのだ!!」

「んな!?」

見ればキースが顔を赤くしていて、つられたのかガッシュ自身も頬が熱くなるのを自覚する。

「キース、ほっぺたが真っ赤だのう」

「そう言うおまえこそ、耳まで赤いぜ、ガッシュ」

途端に明るくなった雰囲気に、ガッシュは安堵した。そうしてふたりでけらけらと笑い合っていると、砂利を踏みしめる音がその場に響いた。

「……キース」

地を這うような低い呼び声に、ぎくりとキースが停止する。ギギギっとメンテナンス不足の機械のような擬音と共に振り向くキースの視線の先には、バリーが立っていた。

「バリー!良かったのだ、キースは見つけておいたぞ」

嬉しさを全面に押し出したガッシュの報告に、バリーは頷いて礼を言った。そして徐にキースに歩み寄ると、同じように座り込んでその小さな身体を抱き締めた。

「おまえ、いい加減にしろよ。俺が他の奴らと話してると俺の苦手な甘いもん残してふらっと消えやがって」

「そうはいってもバリー、キースだって思うところがあるのだ!」

「分かってるぜ、そんなこと」

だから毎晩抱きつぶしてるってのによ……という低い呟きは、間近にいるキースにしか聞こえなかった。
湯気が出そうな程に真っ赤になったキースを抱いて立ち上がると、バリーは改めてガッシュに礼をする。
それを満足げに見上げて、ガッシュは宣誓のような迫力で言った。

「バリーとキースはやはり”らぶらぶ”でなくてはな!!」

「……ガッシュおまえ、ちゃんと意味分かって言ってるか?」

「よーく分かってるよな?ガッシュ?」

キースの少しあきれたような声音とからかうようなバリーのもの言いに、ガッシュはぷんすかと怒って見せる。

「もちろんなのだ!……あ、雨が止んだのう」

揃って空を見上げれば、雲間からひかりが溢れていた。






バリキスのお話は
「こんなところで、どうしたの」という台詞で始まり「テーブルにメモと一緒にプリンが置いてあったから」で終わります。
お題元さま https://shindanmaker.com/804548
バリキスの『探さないで』という台詞を使った「甘い場面」を作ってみましょう。
お題元さま https://shindanmaker.com/74923



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