届くはずのない手紙





『拝啓、愛しい子。今君はどうしていますか。
……なんて、畏まった言葉遣いはおまえと私らしくないな。いつも通りでいこう。
学校にはきちんと行けてるか。こちらで最後に戦ったおまえの同級生の彼、バリーくんとは仲直りできたか。おまえが還って以来、それが心の片隅に引っ掛かったままで、柄にもなく心配してしまっている。
おまえのことを忘れた日は無いが、恋しいと思ったことは正直あまり無い。だが、私が自分で揚げてみたいも天は失敗ばかりな上にあまりにも味気無くて、それはとても恋しく思う。どうしたらあんなにサクッとほっこり揚げられるのか、おまえがこちらにいる間に訊いておけばよかったな。
あぁ、それと。他にも、おまえが居なくなって困っていることがあるんだ。
一緒に歩いているとおまえはよく「ベルン!パートナーであるこの私をおいて行くな!!」と言っていたな。その度に私は「だがおまえのペースに合わせていたら遅れてしまうぞ、キース」と定型文を返していたはずだ。
そんな会話を何度繰り返しただろうか。
出会ったばかりの頃はおまえに物珍しそうな目を向けていく通りすがりたちを、気にしながら歩いたものだった。小さな子がおもちゃのコスチュームを真似てはしゃいでいる様にも見えなくもない、と開き直り、この子を主役に短編でもひとつ撮ってもいいなと思えるようになるまでそう長くはなかったはずだが。店で呑んでいたら急に本を渡されて、共に戦ってほしいと言われたときはぽかんとしてしまったが、それでも戦いどころか普段の生活まで共にすることができたのは、ひとえにキース、おまえの人柄(魔物柄、か?)が私にとって割と好ましいものだったからだろうな。おまえはわがままな所があってもへんな聞き分けの良さで引き際というものを理解していたようだったし、放っておいてもひとり遊びで時間をつぶせる年頃だったことも、多忙な私にはだいぶ都合が良かった。かと言ってずっと放置しておけるほどこちら側の常識をわきまえている訳でもなかったから、適度にかまってあげなければならならなかった。そういった事情が、かえって我々の距離を絶妙に保っていたのではないかと今になって考えたりもする。
話がずれてしまった。久しぶりにおまえに語りかける機会を得たのだから、懐かしくて思わずペンがあらぬ方向に走ってしまうのも仕方のないことだと思ってくれ。
そうそう、それで、おまえの身の丈は私の腹辺りくらいだったよな。だから歩幅は小さな子とそう変わらなかった。そのため上記の様なやり取りを私たちは往来で繰り広げていたわけだ。
ちまちま、とことこと歩くおまえは、私が気を抜くとすぐに雑踏に消えてしまったから困ったものだった。だから私はまずおまえに手を繋いで歩くように提案したな。それでも結局おまえの腕のスプリングが伸びて、長いリードで犬の散歩をするような図になってしまい、それをおまえに正直に伝えたらこの案は即没になった。で、最終的におまえの後ろを私がゆったり歩くと決めて、やっと上手く回り始めた。そこまではまあ、紆余曲折ありはしたが良かった。良かったんだが、問題はおまえがそちらに還ってしまってから判明した。
私は元々時間に追われているタイプの人間だった。雑踏をすり抜けて、目の前の二人組みを追い抜いて、世界中を飛び回って。それが日常だったというのに。ゆっくり悠然と歩く癖が抜けなくなってしまったのだ。おまけに、紫煙の香りに振り返ってしまったり、おまえが居る前提で物事を考えるようになってしまったり。アイデア出しに近所を散歩するコースも、おまえが好んだあひるのいる湖畔でぼーっとしてしまったり、帰り道には当たり前のようにサツマイモを買い求めてしまったり。
もう本当に困っている。親密になった女性と離れたあとでさえこんなことは無かったというのに。どうしてくれるんだ。是非とも責任をとって欲しいがこの手紙は最初からそちらには届かないことは分かっている。だから好き勝手につらつらと書き連ねている訳だが、』


「要はベルンきさま、この私が居なくてさびしいのだろう!」

あまりにも懐かしい声に、思わずペンを取り落した。
声の主は、物凄く近くに居て机の上の手紙を覗き込んでおり、なぜ気付かなかったのか疑問に思うほどだった。

「き、キース……なのか?」

想定よりも上擦った声になってしまうが気にしていられない。
目の前の存在が自分の願望が生み出した幻覚なのではないかと、目を擦ってみる。が、瞼を開けば手紙を手に取ってまじまじと読み耽るパートナーの姿が在って。
キースは葉巻を燻らせ私のはずかしい手紙に目を通しながら、ふむふむと頷いている。ああ、この葉巻の香り。懐かしい。

「どうしてこっち側に……?」

私がこぼした言葉に、キースはふっと顔を上げこちらを見上げた。
そして不敵にふふんと笑いキースは言う。

「実を言うとよく知らんのだ。ガッシュが王になったんだがな、一年のうち数日はこちらに来られるという方法を見つけたらしい。ちなみに私は今夏休みで暇だから来てやったんだぜ」

さびしかろうと思ってな!ただいま!という台詞をキースが言い終わる前に、私はこの子を抱き締めていた。

「このバカ……あんな還り方して、別れのあいさつも無くて、私を灰色の日常に突き落としておいて、今更ただいまなど自分勝手が過ぎるぞ、キース」

「ふん、そう言う割には声が歓びに震えているぞ、ベルンよ。後でいも天を揚げてやろうな!そう言えば、私身長が伸びたんだ、四ミリも!……だからきっと同じペースで散歩できるわけだが、どうする?」

四ミリなんて誤差の範囲じゃないのか、と言うのは野暮というものだろう。愛しい子からのせっかくのお誘いだ。答えはイエスしか思い浮かばなかった。






ベルンとキースのお話は
「拝啓、愛しい人。どうしていますか」で始まり「答えはイエスしか思い浮かばなかった」で終わります。
お題元さま https://shindanmaker.com/804548

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