推しの文章、あちこち脱線しそう(偏見





『フン…生意気な面だ…』
『んんだと!?コラ。』


売り言葉に買い言葉、という諺を辞書で調べたら、説明に使われていそうという観点では完璧な言葉のぶつけ合いだったと、今になって思う。
二本角でコバルトブルーの鮮烈な転校生の自己紹介を聴き、喧嘩を売ったのは私だ。
ちょうどその頃私は、西の地で無敵の子と呼ばれて久しく、まあ、いい気になっていた訳で、そして同時に物凄く退屈もしていた。誰も私に向かってこなかったからだ。……誰も私を相手にしなかった?否、私が、周りの奴らを相手にしていなかったのだ。なんて強がりはもう、なんの役にも立たないのは分かっている。それでも、長年悪い方向に培ってきた私のこの傲慢さは中々拭い去ることができずにここまで来てしまった。
きっかけは、ささいな事だった筈だ。同じ幼等部の”おともだち”と取っ組み合いのケンカをして泣かしたという出来事だった。同世代の中でも、今と変わらない比率で小柄だった私はよく、からかいの格好の的になっていた。その時も、けなされて軽く肩を小突かれて、いつもの様に教諭が”仲直り”という名のていの良い不平等条約をとりつけて終わる、とその場の誰もが思っていた。かく言う私もそのひとりだった。だが、前日の両親、とりわけ母親の言葉が頭を過ぎった途端、ギュンと頭に血が上ったのを覚えている。『大きく、強く生んであげられれば』と涙ながらに母は言ったのだ。文化人として名をなしている両親でさえ心配する程、当時の私は非力であった。母を泣かせた自分の弱さと、それを取り巻く環境が許せなくなった。それで私は、自分よりふた周りは大きい”おともだち”に殴り掛かった。そしてなんとか勝利してしまったのだ。
そこからはなし崩しだった。次々に現れる相手を前に、自分の身体的特徴を活かす方法も学び、使える術も同級生たちの倍は覚えた。
無我夢中だった。気づいた時には挑んでくる相手はいなくなり、独り葉巻をふかすようになっていた。
大仰な表現をするなら、孤高、と言うやつだったかもしれない。そんな私の目の前に、やつ─バリーはやって来た。
私よりふた周り以上は大きく、鍛えれば鍛えただけ応えてくれそうな屈強な体躯。私に無いものを持っていながら、飢えた獣のような目をしたバリーを見て、私は小さな苛立ちを覚えた。今思えば、あれは焦燥感に近い何かであった事は判るのだが、当時の私にその自覚はなかった、と思う。何故焦燥を感じたのか。それは私と似た飢えを、この強大であろう転校生も持っていると直感したからにほかならない。心置きなく挑める相手、殴り合える相手を求める者同士がぶつかり、どちらかが必ず敗北をする。私はまず、負ける事よりも勝つ事を恐れた。勝てばまた独りになる。正直に言ってしまえば、孤高というものを私は心の何処かで恐怖していたのだ。
そして冒頭の応酬である。今思えば、バリーが喧嘩を買ってくれた事は、現在に至るまでの私にとって非常に幸運であったと思える。バリーがやって来なければ、そして私の安い挑発にのらなければ、今の私は居まい。
あの言葉のドッジボールの後、バリーは私をこてんぱんにやっつけた。
最初の一撃で格の違いは悟ったが、負けを認めるつもりは全く無かった。倒れ伏した私に見切りをつけてバリーが去る前に、私はバネのように勢いよく飛び起き、やつに掴み掛かった。何度も何度も殴られ、蹴り飛ばされたが、その度に挑み続けた。悟った実力差的に、あの頃の力でも一撃で私を倒す事も不可能ではなかっただろう。だが、バリーはそうはしなかった。適度にいたぶるには私が丁度いい頑丈さだったからだろう。


「何書いてやがるんだ?」

「んな、ば、バリー!勝手に覗くんじゃないッ」

放課後の教室。西日が眩しい此処で、私は自伝を書き出したつもりだった。ひょいっとノートを覗かれて、私は腕で紙面を隠しながら声を荒げる。くだんのバリーは私からそのノートを軽く取り上げてしまう。腕のスプリングを使ってバリーから取り返そうとするも、ことごとくいなされて為す術もない。ので、私は開き直る事にした。

「フッ。い、いずれは魔界中の目に触れるんだ。おまえを読者第一号にしてやっても良いぞ」

「在庫の山を抱えるだけだから今のうちに諦めとけ、そういう無謀なのは」

と言いつつまだ序文も序文の文章に目を通しているバリーを見てため息をこぼす。

「ところどころ卑屈だし自分語り長いな」

「当たり前だ、自伝だぞ」

「いや、自伝のわりには俺の事書きすぎだろ」

そう言ってバリーは私の目の前に膝をついた。そして顔を寄せてくるので仕方なく、ほんとうに仕方なく目を閉じてやる。ついばむような口づけをひとつ落とした後、ほぼゼロ距離でバリーが囁く。

「これじゃ、おまえが俺の事大好きです、って公表してるようなものになっちまうぜ」

「しまったぁ!書き直さねば!」

だから出版自体を諦めろよ……とあきれた様な口調で言って、バリーは天井を仰いだ。そして、「あ、それと」と更に言い募る。

「俺があの日おまえをボコボコにしたの、丁度いいサンドバッグとか思ってた訳じゃねえから」

「?、じゃあ何で一撃で仕留めなかった」

「ばぁか、おまえ、俺を買いかぶりすぎだ。それに、」

私を片腕で抱き上げると、バリーはずんずん歩き出し教室を出た。

「純粋におまえと戦えて夢中だったんだよ。すっげぇ楽しくて」

「……ッ」

「泣くなよ、ほら、今日も戦るんだろ」

校庭に着くと、やさしく下ろされる。バリーのぬくもりを名残惜しく思いつつ距離を取った。
十分な位置で振り返り、バリーに向けてこぶしを突きつける。

「今日こそは勝つ!いい加減本気を出せよ?」







バリキスの『本気を出せ』という台詞を使った「ロマンティックな場面」を作ってみましょう。
お題元様はこちらです。https://shindanmaker.com/74923


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