Beobachtung Tagebuch




魔物の子と、映画を観ている。
この一文だけで、物語の世界に飛び込んでいけそうな気さえする。だが、ソファに深く沈み込んだ私の脚の間に腰掛けている魔物の子は、物語の住人ではない。このキースというこどもは、魔界という異世界からやって来たと言い張り、私を一蓮托生のパートナーであると説明してくれた。俄には信じられなかったが、キースの身体的な特徴や彼が渡してきた蜜色の本が齎す強大な力を見せつけられては否定する気も起きなかった。
がさがさ、ぽりぽりとキャラメルポップコーンを頬張る音は、ファンタジーのフの字も連想させてくれず、むしろ所帯じみた現実を突きつけてくるように感じられる。
キースの頭は三日月を真横にしたような形をしており、それが遮ってしまい画面が一部しか見えない。劇中で歌が流れればそれにつられてステッキを振り回したり、横に揺れてリズムを刻んだりと忙しそうで、私はいっこうに画面に集中できずにいる。まあ、内容は知っているし、子供向けではあるが子供騙しでもない点が好感を持てる映画だったので、キースが楽しんでいるのならそれでいいか、と思う。
ぐっと腹に力を込めて起き上がり、キースが抱えているポップコーンバケットに手を突っ込む。無造作に中身を掴んで口に放り込んだがちょうどキャラメルが薄い所だったようで、あまり味がしなかった。キースは私がポップコーンをひとくち頂戴したことに目もくれずに画面に釘付けになっている。できれば私が撮った作品でこうなってもらいたいものだが、残念ながらキースは派手なアクションものや、本人は否定していたものの子供向けのアニメーション映画が好みのようで、人間の心の機微に重点を置いた私の映画は退屈だったらしい。二度目は無かった。ちなみに現在キースの目をひいてやまないこの作品は、既に五回はリピートしているはずだ。
暇と言えば暇。手持ち無沙汰にキースを後ろから抱えながらふと気付いた。
こいつ、腕も温かいのか。
キースは魔物だ。いろいろな所が人間とは異なる。例えばそう、このスプリング状の腕、とか。
実際に伸縮する場面を見たが、本物のバネのような働きをしていた。てっきり、機械の部品を腕代わりにしているものなのかと思っていたが、違うらしい。思えば確かに、この腕の先に付いている、身の丈の割に大きくがっしりとした手は、義手と言うにはあまりにも器用に動く。
これまで敢えて気にしないようにしてきたが、キースのからだの不思議を改めて実感し、好奇心が刺激された。元来好奇心は強い方だ。気になりだしたら止まらない。
先ずは鼓動。徐ろにキースの胸元に手をあてる。エンジンの駆動音でもしたなら納得もできたのに、とくんとくんと刻まれるのは、紛れもなく生きている者の証。
ちょっとした感動を覚えながらそうしていると、キースが怪訝そうな表情でこちらを振り向いた。
見れば、映画はエンディング曲に差し掛かっている。エンディングのアニメーションも曲も、特にキースのお気に入りなのだが、今日は私が邪魔をしてしまったようだ。
「……ベルン、何をしている」
よく通るテノールがぎりぎりまで低くなっているため、機嫌がよろしくないのは一目瞭然だった。返事次第ではぶん殴る、そう言外に物語っている。
「スマナイ、キース。どうしても気になってな……」
素直に謝ったのが良かったのか、キースは小首を傾げるに留まった。
そして、自分の胸元に手をやり俯いて目を閉じ、口を開いた。
「私のからだの事か」
「ん、まあな。ブリキの玩具みたいな見た目だから、エンジンとかモーターの類でも積んでるのかと思っていたんだが」
玩具呼ばわりに、キースは目を開いて少しだけ微笑った。
「その感想も分からんでもない。いわゆる私のご先祖というやつはもっと角張って機械じみていたらしいからな」
やはりそうか、と頷いて見せる。
では何故、キースは生身のからだを持っているのだろうか。
そんな私の疑問を見抜いたかのようなタイミングで、キースは言った。
「他の魔物を見ただろう。殆ど人間と変わらない見た目を持つ種族も多い。そいつらと結ばれたご先祖が居たわけだ」
「それで上手いこと混ざるんだから、魔物はすごいな。映画なら、もっとおどろおどろしい魔物が生まれてきてパニック、なんてストーリーが作られてしまいそうなものだが」
そう言いながら、私はキースの生身の部分だと思われる場所、つまり頬とふとももに触れた。人間の肌ともまた異なる感触に、夢中になる。もっちりとしていて、且つすべすべと肌に心地良かった。
しばらくそうして楽しんでいると、キースがふるふると震えたかと思ったら突然笑い転げだした。抱腹絶倒しているキースを、まさか壊れたかと心配していると、一言「くすぐったいぞ!」と叫んでまた笑い出す。
あぁ、当たり前だが肌の感覚もあるんだなぁとぼんやり考える。
半分機械で半分生身。つくづく不思議だなと眺めていると、笑い過ぎて涙目になったキースがソファによじ登り、私の隣に座った。
もう一度触れたい、魅惑の感触。そう思いながら見つめる。そこで、ふと、気になることがあった。
「キース。おまえって一体何歳なんだ?声は低めだし葉巻も吸うが、この戦いに参加するのはこどもだけなんだろう」
おそらく十にも届かないくらいだろう、そう算段をつけながら答えを待つ。
「こっちでいうと、十七歳くらいだな!」
「は?」
先程撫で回してしまったふともも。そう、キースはふとももまるだしで往来を闊歩しているのだ。十七歳にもなって。女の子でもここまでギリギリなラインを攻める娘はなかなか居まい。
私はキースに向き直ると、彼の肩に手を置いて言った。
「ちびっこでよかったなぁ、キース」

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