Maiden’s Innocence

人生初のリクエストをいただけたのでうっひょう!(めっちゃ歓喜)と書かせていただきました。コメントくださった方ほんとうにありがとうございましたm(_ _)m ですが力不足ゆえせっかくのリクエストには沿えておりません、ごめんなさい(汗)
バリ♂キス♀とのことでしたが、普段自分は女の子を見るともれなく総攻めに見えてしまうたちでして、女男CP(男女ではないことが重要です)しか書いたことがないため初めての試みとなりました。このような素敵な機会をくださってありがとうございます。キースちゃんは男の子でも女の子でも受けです!
タイトルはさつまいもの花言葉をぐーぐるせんせいにお願いして英語に直訳していただきました。
(ちなみにこのお話ではロデュウくんも女の子となっております。ご注意くださいませ。こまけぇこたぁいいんだよ、の精神でお読みいただければ幸いでございます(*^^*)/)

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なんだろうか、この違和感は。
転校早々喧嘩を売られたので買ってやった、のはある意味想定内なのだが、相手──キース、と名乗った──に対して違和感が拭えないまま今に至ってしまった。三日月型の頭と腕のスプリングが特徴的だが、それ以外は人型だし特筆すべき点は無いはずなのに、何故だろうか。
自分の半分ほどの身長しかない同級生相手に向けてとりあえずゾニスを放ってみれば、

「ぬるいっ!ぬる過ぎるぞ、バリーとやら!」

と挑発が飛んでくる。
なんかめんどくさいから、お望みどおり、次の一撃で決めてやろう。腕にドルゾニスを纏い地を蹴る。俺を迎え撃とうとしていたキースだが、俺の接近速度が思っていた以上だったらしく、後退りすら間に合わずその場に尻もちをついた。その瞬間。

「きゃん!」

と、キースが女子みたいな声を上げた。
ドルゾニスを解除し、足元に転がるキースを見下ろす。

「え、……は?」

「バリー……貴様よくもこのわたしを負かしてくれたな……」

違和感の正体がわかった気がした。
身を起こしたキースは内股気味だし、声も女子にしては低めだが男子としては高いし、何より先程の悲鳴はどう聴いても女子だった。

「キース、おまえ……まさか。お、んな……?」

俺が恐る恐る訊ねると、立ち上がって土埃を払っていたキースが、さも当たり前のようにこくりと頷いた。何を今更、とでも言いたげだ。
そしてこちらをビシィっと指差して宣言してくる。

「このわたしに勝った男子は、バリー! 貴様が初めてだ!」

イヤな予感がする。

「わたしのお婿さんになる権利を与えてやろう!」

予感的中。

「誰がおまえみてぇなちんちくりん娶るかよ」

努めて無感動に言い放つと、キースがほんの一瞬くしゃりと泣き出しそうに顔をゆがめた。その表情に、俺はなぜかどぎまぎし、泣かないで欲しいとすら思ってしまった。だが、俺が何か言う前に、キースが先におどけるように言う。

「まあ、いくらわたしが魅力的だからといっても、ちょっと急過ぎたかな! ここはバリーの意思を汲んで……」

ほっと胸をなでおろす。
しかし、そう思い通りに行く筈がなかった。

「まずはお友だちからだな! そうと決まれば一緒にお昼や登下校だ!」

こうして、押しかけ女房キースとの学校生活が始まってしまったのだった。

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昼休憩になり、転校初日から授業中爆睡していた俺はチャイムに起こされた。そして弁当を忘れていたことを思い出して溜息をついた。とりあえずクラスの連中から向けられる好奇の視線がうざったいので、場所を変えようと席を立つ。
廊下に出て、歩きながらポケットを探るが小銭すら入っていない。ちくしょう、購買にも行けねぇ。
こうなったら、目指すはやっぱり屋上だな。昼寝でもして午後の授業もサボっちまうか。
そう算段をつけて階段を上っていき、屋上へと続く扉の前まで来た。が、案の定鍵がかかっていて苛つく。ぶっ壊しちまおうか、とか考えながら意味もなくドアノブをガチャガチャとやっていると、背後に気配を感じて身構える。振り返ってみると、そこに居たのはキースだった。
腰に手を当て背伸びをしたキースが偉そうに言い放つ。

「やはりな! そうだろうと思ったぞ。あの薄っぺらい学生鞄に弁当が入る余地はあるまい。そして購買にも寄らなかったということはパンひとつ買う余裕もないのだろう」

明らかに頭弱そうなのに、なんでこんなときだけ冴えてるんだ。 と、ぼやきたい気持ちを抑え、ツッコんだら負けだと自分に言い聞かせる。こういうネジとんでるやつは相手にしない、スルーが吉。
扉の前のスペースは程よく薄暗く、通りに面していないため静かで昼寝にはもってこいの場所だ、少し埃っぽいが。
よっこらせと横になった俺の背後で、キースがめげる様子もなく持参した弁当を広げる音が微かに響いてくる。
漂ってくるめしの匂いに意図せず腹がぐうと鳴ってしまった。すると、背後のキースの気配がぱぁっと華やいだのが手に取るように分かった。

「成長期なのだから遠慮せず食べろ!」

「いらねぇ」

とはいえ、先程からうまそうな匂いが鼻腔をくすぐってきて正直つらい。腹減ったなぁ。
それでも横になった姿勢を崩さずにいると、キースがとたとたと俺の前へと回り込んできた。しぶしぶ片目を開けて見ると、幼児用かよと言いたくなるような丸っこいデザインのフォークで突き刺されたタコウインナーが目の前にあった。

「ほら、あーんだぞ。バリー」

「……チッ」

「あ」

空腹には負けたがキースには負けたくない。その折衷案が『フォークごと奪い取って自分で食べる』だった。
それでもキースは嬉しそうに笑って、「玉子焼きもおすすめだ!」とか情報提供してくる。言われるがままに玉子焼きを突き刺して口に運ぶ。しっとりふわふわの玉子は甘口だがほのかにダシの香りもしてそのバランスが丁度いい、正直なところすごく美味い。思わず、

「……うまい」

と呟くと、キースが大輪の向日葵のような笑顔を見せた。

「初めてだ、誰かにそう言ってもらえたのは!」

あしたも、明後日も、ずーっと作ってきてやるからな!
俺はそんなキースの提案を断るのも忘れて、キースの満面の笑みに見惚れてしまった。
……って、こいつ相手に見惚れるってなんだよ!?

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昼飯のあと、意外とマジメらしいキースに引きずられるようにして教室に戻る。廊下ですれ違う奴らの物珍しそうな視線をいちいち振り切るのが面倒だった。俺が扉を開けた途端静まり返るクラスの連中に舌打ちをしながら自分の席へと向かう。キースは俺の足元をちょこちょこ小走りについてきて、俺の前の席に収まった。仕方無しにガタンと音を立ててその後ろに着席すると、教室の奥の方から、さざめくような話し声が聞こえてきた。
普段なら俺に対するやっかみだろうと思って無視を決め込む。自分には絶対に勝てない新参者を貶めようとするのは、今まで転校を経験してきた中で何度も出くわした場面だからだ。
しかし、今日は何かいつもと様子が違った。断片的にしか聞こえてこなかったが、誰かがおそらく俺に向けて『気の毒に』と言ったのだ。
沸点低めの俺はそれを聞いて席を立った。その瞬間また静まった話し声の主たちを目掛けてつかつかと歩みを進める。
明らかに挙動不審に慌てふためきだしたクラスメイトの胸ぐらをつかんだ。

「転校初日に求婚されたのも初めてだが、気の毒がられたのも初めてだぜ。そんなに俺はカワイソウか? 何を以て気の毒なんだ?」

なぁ、教えてくれよ。な?
そう問えばヒぃっと悲鳴じみた声を上げたそいつに苛つきを隠さず更に締め上げる。
すると。

「止めんか!」

というセリフとともに、ドンッと腰に衝撃。
キースだった。
俺の腰にスプリング状の腕を回して、ちょうど抱きつくような形で俺を止めようとしているらしい。とりあえず持ち上げていたクラスメイトをどさりと下ろし、腰にぐるぐる巻きになっているキースの腕を解きにかかる。が、絡まってしまい悪戦苦闘していると、足元で咳き込んでいたクラスメイトが負け惜しみの必死さで言った。「ソイツ、事あるごとに周りに喧嘩売ってよ。めんどくせぇんだよな、正直言っちゃうとさ」と。
そうそう、と口々に肯定する取り巻きたちに苛立ちが募る。
絡まる腕をやっとのことで解き、キースを見る。俯いて、下唇を噛み締めている。俺の上着の裾をちまりと掴みながら。その光景に、何故か俺は鼻の奥がつんと痛くなった。

「……で? 女ひとりに勝てず揃って負け犬の遠吠えか。くっそダサいな、お前ら」

言いながら睨みつければ、今度こそそいつらは黙り込んだ。
授業開始のチャイムが鳴る。
俺はキースの手を引いて、教室を飛び出した。
廊下で教師に呼び止められたがそれも振り切って校舎から出る。走って走ってふと立ち止まれば、晴れた空の下、涼やかな風が一陣吹き抜けていった。
しばらくの沈黙の後、キースが口を開く。

「……ほら、わたしチビだろう? 幼い頃からよくからかわれたものだよ。だからああいうのも慣れっこなんだ」

「……ちょっと小さいくらいでああまで言うか? 普通よぉ」

「からかいの中にはわたしの親への侮辱も含まれていた。わたし自身への揶揄はどうでも良かったんだが、それが許せなくて相手に掴みかかって行ってしまったんだよ。……そこで負けていれば今こうはならなかったかも知れない」

「…………そこから勝ち続けたから、今のおまえが居るんだとしたら、俺は当時のおまえの頑張りに感謝しねぇとな」

「……! バリー、それって……?」

「絶好のライバルに出逢えたんだから」

「ら、ライバル……か。お嫁さんじゃなくて」

「俺に万が一勝てたとしたら、婿にでも何にでもなってやるよ」

「本当か!? だったら今から勝負だ!」

転校初日、俺はライバル兼自称俺の嫁に出逢った。
それからというもの、毎日勝負を挑まれ、それを打ち負かし、というサイクルが出来上がった。周りのあきれたような侮蔑的なような視線など気にしていられないほど日々は目まぐるしく過ぎていった。
そんな毎日が、楽しくて楽しくて仕方がなくて、ずっと続いてくれればいいとすら思っていたんだ。

─────

人間界にて、暴走するファウードに突入し、奇しくもキースと対峙することとなった。
テンションが異様に高いのは、もともとそういう乱高下する性格だと無理矢理納得したが、きらきらと光を反射していたはずのキースのあの硝子を嵌め込んだような目は、曇りきって俺を映さない。
それがどうしようもなく悔しくて、哀しくて、俺は加減も出来ないままあいつを打ち破った。
その後、俺たちはほぼ同じタイミングで魔界に送還されるのだが、改めて再会し直したキースの目に、俺が映り込むことはやはりなかった。

─────

あの子を救えるのは、きっと。

「アンタだけなんじゃないの?」

「は?」

放課後。西日の差し込む教室でワインを飲むのは、アタシ──ロデュウとクラスメイトのバリーだ。最初のうちはワインの味やボトルデザインの良し悪しを語り合っていたのだけど、次第に言葉少なになっていき、しばらくの沈黙の後、冒頭のアタシのセリフに至った。
それは何故か。
さっきからバリーの視線が校庭に向きっぱなしだから。もっと詳しく言うと、校庭で同じくクラスメイトのツァオロンと手合わせという名のじゃれ合いに興じている、キースをずぅっと目で追っているから。それはもう、愛おしくて仕方がないものを見る目で。
別に、バリーに相手にしてほしくて妬いてるとかではない。ただそんなに気になるくらいなら、ここにキースを呼ぶなり何なりすればよかったのにと思っているだけで。
我ながら突拍子のないことを言った自覚はあるけど、セリフの内容はアタシの本心だ。
キースを救えるのは、きっと、いや絶対にバリーだけ。
“救う”って大袈裟だと思われるかもしれない。でも、ああしてツァオロンと笑い合っているキースが、実は失意の底にいるのは紛れもない事実。
底抜けにあほの子に見えて、キースは意外とナイーブな子だと思う。学校というとても狭い世界において主に悪い意味で目立ってたあの子を、一同級生として遠巻きに見ていただけのアタシですらそれは分かる。バリーだってわかっているはずなのに、あの戦いの後よそよそしくなったキースを、去るものは追わずみたいな態度で見送ってしまった。けどアタシは知っている。バリーが一定の距離を保ちつつ、キースを見守り続けていることを。
休みの日、キースがこてこての甘ロリ衣装で出かけたことをバリーがぼやいていたことがある。一緒に出かけたのかと問うと、バリーは当たり前のように首を横に振った。その他にも、キースが知らないお兄さんにブランド品のバッグを奢らせていたとか、いかにも高級そうなレストランで数十は年上の男と食事をしていたとか、『何でそんなこと詳しく知ってるの!?』と訊きたくなるようなことまで知っていて、ドン引きするほどだった。まあ、おまわりさん案件なのだろうと思うけど、同級生だし周りに言うこともできずここまで来てしまった。
クラスメイトにここまで執着とか洒落にならないけど、たぶんキースはバリーのこの行動を知ったら、歓ぶのではないかとアタシは踏んでいる。だって、刹那的に生きているキースを心から心配したのはバリーだけだから。そういう相手を求めて、キースはああいう生き方を演じてきたのだろう。
それなのに、人間界での戦いでバリーを罠にかけてしまったことをきっかけとして、キースはバリーと距離を置くようになってしまった。よく四人で過ごすけど、バリーとキースは直接は喋らずに間にアタシとツァオロンが入るのがほとんどだ。正直言って気まずいし、両想いなのだから『さっさと結ばれちゃえばいいのに』と思っている。
目の前に座るバリーが、ぐいっとグラスを煽った。ヤケ酒みたい、とは口に出さず、話を振ってみる。

「キースね、アンタが来てから変わったんだよ」

ほんのちょっとね。
そう言って様子を伺う。すると、バリーは明らかに動揺したようだった。あからさまに震える手でワインボトルを掴み、そのまま注ごうとするものだから、盛大にこぼしている。それにちょっとウケながら、アタシは更に言葉を続ける。

「何て言うのかな。アンタに逢うまでは準備期間って感じで。まああの頃から頭のネジどこ行っちゃったのって感じではあったんだけど、バリー、アンタが転校して来てからは、全てはアンタの気を惹くためっていう感じに変わった、とアタシは思ってる」

アタシのセリフを黙って聴いていたバリーが、やっぱり震える手でワインボトルをコトリと置いた。そして言う。

「……俺が追い求めても、今のあいつは逃げちまう。それって物凄くみじめだろ?」

自分の頭に血が上るのが分かった。何言ってんのコイツ。

「みじめ、というか……かわいそうなのはキースの方でしょ。だって好きでしょうがない相手に一生懸命SOS出してるのに、気づいてもらえないんだから」

バリーが目を見開く。アタシは追撃の手を緩めない。

「まあ、あのこもかまってちゃんで不器用だけど。甘えたくても甘えられないよ、今のアンタじゃあさ」

ガタッと大きな音を立ててバリーが席を立った。そして悠々とワイングラスを傾けているアタシを見下ろして、問うてくる。

「……俺は、どうすればいい。あいつ……キースのために何ができる?」

「自分で考えなよ、それくらい。アタシとチータと違って、あんたたちは同じ魔界に居るんだから、これからいくらだって時間を共有できる。それだけ好きで好きでたまらないなら、何かひとつくらい思いつくでしょ」

教室からダッシュで出ていこうとしたバリーが、戸口で立ち止まってこちらを振り返る。

「ありがとよ……!」

最後のひとくちを味わいながら、アタシはひらひらと手を振って応えた。
……あーあ、アタシもチータに逢いたいなぁ。

─────

「キースッ!!」

俺が叫ぶように名を呼ぶと、ツァオロンと取っ組み合いをしていたキースがぴたりと動きを止めたのが遠目にも分かった。
ずんずん近づいて行くとツァオロンが何かを悟ったようなしたり顔でキースから離れる。するとキースは一目散に俺と逆の方向へと駆け出した。ツァオロンは『え!?』みたいに目を丸くしていたが、俺は何となくキースの反応は読んでいたので、驚くことなく後を追う。

「ッついて来るんじゃない!」

「いーや、追うぞ!地の果てへでもな!」

「うぇーん!」

キースは半泣きになりながら、それでも足を止めない。
途中でガッシュたちが遊ぶ公園を横切ったり、酒盛りしている竜族の神童たちの前を駆け抜けたりしたが、『ウヌ、今日は仲が良さそうで何よりだのう!』とか言われてそのたびに真っ赤になって否定するキースが微笑ましいやら愛おしいやらで大変だった。
いろんな知り合いの目から逃げて逃げて、結局元の場所、校庭に戻ってきてしまった。走り回っている間に日はとっくに沈んだので、月明かりを頼りにキースを視認する。今夜は目の前の想いびとを連想させる大きな三日月だった。
キースも俺も流石に膝が笑っていて、呼吸も荒い。ゼェゼェと喘鳴すら起こる中、俺はついにキースをつかまえた。
もがくこいつを二度と離してなるものかと、ぎゅうと両腕に力を込める。

「観念しろ、キース」

「イヤだッ、離せ! バリーのばか!」

「……ばかはおまえだろう」

俺がこぼした静かな言葉にキースがもがくのを止めた。
……いかん、この沈黙は絶対に今の発言を誤解している。
言葉選びの下手さは我ながら相変わらずで、きっとキースは出逢った頃のようにくしゃりと顔をゆがめているのだろうと容易に想像できた。だからこれ以上キースを傷つけてしまう前にと、俺は努めて言葉を探す。

「もっと自分を大事にしてくれ。……頼むから」

腕の中のキースが、ひっくとしゃくり上げる。

「わたしは……バリーのお嫁さんには、なれないようだ。はは、自業自得だな。もともと周りが言うようにバリーに相応しくなかったのに、思い上がっていたんだ。おまえの優しさに付け入って、そんな自分の狡さを見ないふりして……ついにはおまえを裏切ってしまった。あのとき本当に消えてしまえていれば、今のようにおまえに迷惑を掛けることもなかったろうにな」

ごめん……ッごめんなぁ。
言葉を詰まらせながら、それでも懺悔するように想いを吐き出して、最後の最後には謝罪が続いた。
血を吐くような吐露は、聴いていられない。それでも耳を傾けた。ここで目を逸らし両手で耳を塞ぐことはできても、再びキースを抱きしめられなくなることが分かっていたから。
自分で自分を責め続け雁字搦めになってしまっている、この愛しくてとうとい存在に、どうすれば俺のことばが届いてくれるのか。否、俺の想いはこの際置いておいて、キース本来の天真爛漫さを取り戻してくれるだけでも構わない。これは俺のエゴでしかないことも自覚した上で、そう願わずにはいられなかった。
キースにだって思うところはあるだろう。先程の言葉だって本心ではあるはずだ。以前は無理をして気丈に振る舞っていたが、先の戦いのあと周りの心無い言葉に晒されていろいろと決壊したのが現在のキースということなのだろう。
キースを守れなかった俺の不甲斐なさに、自分のことながら怒りを抑えきれない。ギリリと歯を食いしばる。
強くなれたと思っていた。これでこいつを守ってやれると、思い上がってもいた。それなのに、実際はどうだ。キースが心身共に傷ついているのは、俺の精神的な揺らぎのせいだ。

「俺は、おまえの強引なところも、繊細なくせに強くあろうとしちまうところも、感情ジェットコースターなところも、料理がうまいのに最近はずっといも天にこだわってるところも、何かめんどくさいところも、全部、ぜーんぶひっくるめて、愛している」

キースが息を呑むのが分かった。

「そして、俺自身、おまえを守っているつもりになっていたのが許せねぇ。そもそも俺はおまえに与えてもらうばかりで何もできていなかったんだ……」

「ちがうッ! わたしはバリーが齎してくれる幸福に、救われてばかりだった! 灰色の生活に鮮やかすぎるほどの色を落としてくれたのは、バリー、おまえなんだ!」

「いや、おまえが与えてくれるものと俺がしてやれることがバランスを欠いている。キースの方にばかり秤が傾いていた」

「だって、だって……わたしが生きていてよかったと思えたのは、バリーのおかげで、……って、ここで水掛け論してどうするんだ」

涙に濡れていたキースのくぐもった声が、少し笑みを含んだのを見落とさない。

「お互いにそう想い合えてるってことは、俺たち、そういうことなんじゃないか?」

「そ、そういうこと、って……?」

キースが震える声で訊ねてくる。あのときは照れてライバルとか言ってしまったが、今なら言える。

「両想い、ってやつだろう。以前は俺に勝てたら婿になるとか言ったが、俺はとうの昔にキースに負かされていたんだな」

「こんな、こんなわたしでも、バリーのお嫁さんになれるのか……?」

「おう。というか、」

そう言ってキースを一旦腕の拘束から開放する。途端寂し気にしながらも強気に涙をぐしぐしと拭っているキースの手を借りて、傅く。ぱちくりと瞬くキースの潤んだ目には、緊張しきった面持ちの俺が映り込んでいる。それが嬉しくてたまらなかった。

「キース。俺のお嫁さんになってくれるか……?」

気取ってはみたものの、やはり不安から言葉尻が弱まる。格好つかねぇな、まったく。
照れる気持ちをどこかに押しやって、思い切ってキースの手の甲に口づけをひとつ落とす。上目遣いにキースを見つめると、キースが頬を真っ赤に染めながら俺に抱きついてきた。出逢った日のように、そのスプリング状の腕でぐるぐる巻きにされる。と、言うことは……。

「もう二度と離してやらんぞ、バリー! たとえおまえが怖気づいたとしても、だ!」

「ばぁか。そんなこと、万が一にだってあるもんか」

ぐりぐりと肩口に頬ずりされながら、俺は歓びに打ち震えた。
なんとか拘束を抜け出した右手でキースの頭を撫でてやり、視線をふと上に遣る。
キースを想わせる三日月が、俺たちの未来をやさしく照らしてくれているようだった。

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