だって、言い出すタイミングを見失ってたから。

DIOガロへのお題【「はじめまして」をもう一度。/「隠れても無駄だよ」/切っ掛けは、ちょっとした共通点。】
お題元さまはこちらです。
https://shindanmaker.com/287899

時刻は午前八時四五分。この屋敷の執事であるテレンスさんに恭しく呼び出されたオレは、徹夜明けで遅めの朝食もそこそこに、オレたちの父親を名乗る吸血鬼の男の寝室に向かった。今日はオレか、と半ばうんざりしながら。
部屋の扉の前でテレンスさんから手渡されたランプを提げて入室する。静かにだが容赦なく締め切られた扉に後ろ髪を引かれる思いで歩を進める。窓には分厚い遮光カーテンがかかっていて部屋の中は殆ど真っ暗闇だ。ランプの頼りない灯りで照らされた狭い範囲をちまちまと移動していくと、天蓋で守られた特別な空間の真ん前に行き当たった。だだっ広いベッドの上、件の男が片手で頭を支えるような形で寝そべりこちらを見つめている。ベッドの足元には女たちの躯が……というわけではなく、血生臭さもうっすらにおう程度で安堵する。少し前までは、だいぶスプラッタな状況の中呼び出される事もあったが、オレの兄貴たちの猛抗議によって環境はちょっと改善された、と思う。
男──DIOの瞳は血を思い起こさせる赤で炯々とし、ほぼ暗闇の中でもその存在感を遺憾なく発揮している。オレがもうちょっと小さかったら泣いてるぞ。
ランプをサイドに置いて、ベッドによじ登る。薄く浮かび上がった血色の悪いDIOの肌を眺めて、こいつ本当に吸血鬼なんだなとぼんやり考えていると、DIOが空いた方の手でこちらへ来いと招いてくる。逆らっても無駄なことくらいは今日に至るまでの何度かの呼び出しで痛感しているので大人しく従う。どうせ時止め食らって連れ戻されるだけだ。ヤクで心身ともにすり減っているのだから無駄に体力を消耗したくない。
DIOに四つん這いで近づくと、その逞し過ぎる両腕で抱きすくめられる。身長差もあるが、規格外に図体のデカいこの男に抱きしめられると、全身をすっぽりと覆われてしまったかのような錯覚に陥る。そして遅れてやってくる悪寒。DIOの纏う温度は、当然と言えば当然だが、生きもののそれじゃあない。
こんな感じで抱きまくら状態にされ、兄貴たちもそうなのかは知らないが、日暮れまで眠るのが通例だ。大概オレも昼夜逆転しているので、最初は気まぐれに殺されるんじゃあないかと怯えていても気づけば眠ってしまっている。今日もそうだと思っていた。だが、目を閉じて睡魔を待っていると、DIOの声が頭上から降ってきた。

「ウンガロ……否、エマニュエルと呼んだほうが適切か……? いやいや、父と子の語らいなのだから愛称で呼ぶべきか。うむ……マニュ?」

「急に馴れ馴れしいな」

ぱちりと目を開いてDIOを見上げると、彼はそのルビーみたいな瞳をきょろきょろと泳がせた。
いつものようなどこから来るんだその自信?と思わせる態度を失った挙動不審気味なDIOにオレは、思わず吹き出した。

「ふはっ、いいぜ別に。そう呼ばれたのは初めてだから少しくすぐったいけどな」

笑っているオレを見て、DIOは安堵したように息をつきながらオレの頭を撫でた。……調子狂うなァ、いつもみたいに高慢で鼻持ちならないカリスマ野郎でいてくれよ。

「……なんか今日、ヘンだぞ? DIO」

「父と呼ぶように言っているだろう。私もおまえのことをマニュと呼ぶから」

何だよその交換条件。論点もズレてるし。

「いつも思ってたけど、何がしたいんだよ。オレらを集めて一緒に生活させて、その上こうして順番に添い寝させて、女だけじゃ満足できねぇならもっといるだろ他に」

「ちがう、マニュ。私はただ……、」

そうして黙り込んでしまったDIOはそれでもオレを解放する気は無いようだ。むしろ両腕に力を込められて若干痛い。だがDIOがその気になればオレの体を砕けることくらいは分かるので、こっちを害する気が無いのは確かだと思う。
脱出は不可能っぽいのでしばらくDIOの出方をうかがうことにした。するとDIOがごにょごにょと歯切れ悪く話し出す。

「私は、おまえたちともう一度『はじめまして』をしたいのだ。出会ったときにもっと歩み寄れていれば、このような不自然な真似もせずに済んだのだろうと思うともどかしくてたまらない気持ちになる」

DIOの思わぬ告白を聴いたオレは、マズイと思った。このパターンは絆されたあと碌なことが無いやつだと今までの経験が物語っている。
慌ててDIOの腕に噛み付き、彼が怯んで……は、くれなかったが、「ん? 出たいのか?」と鷹揚に腕の拘束を緩めたタイミングで逃げ出した。と言っても無様に逃げをうったはいいものの、だだっ広いベッドの上から這い降りてDIOの死角に隠れることしかできなかった。せめてもの救いはシーツの隅っこを引っ剥がして頭から被れたことくらいか。あぁもう、拗ねたガキみたいで格好つかねぇな。
オレには分かる。どうせオレが懐いたタイミングでつき放すつもりだろう。もしかすると吸血して殺すつもりかもしれない。人生で最もつらくて恥ずかしくて死にたくなるのは糠喜びが糠喜びだと発覚したときだ。
衣擦れの音がする。DIOがこっちににじり寄って来たのだろう。シーツを握りしめる指にぎゅうと力を込めた。

「こら、隠れたって無駄だぞ?」

思いの外やさしげな声音で声をかけられる。それでも信じることなんてできない。この館に来る前しょっちゅう聞いていた周りの奴らの嘲笑が今まさにここにあるように聞こえた。
DIOは意外にも気長に待っているようだった。時折シーツの上から頭をぽんぽんと撫でるのがやさしくて目頭が熱くなるのをぐっと堪えた。信用したら、絆されたら終わりだ。

「一度手放した生命たちが、捨て去った張本人である私を信頼してくれる訳がないことくらいは分かっている。だが、SPW財団の連中が調査したおまえたちの現状を知って、放っておけなかったのも事実なのだ。今更都合が良すぎるがな……」

DIOが訥々と語りかけてくる。ただの独白のようにも懺悔のようにも聴こえるそれは、他者を懐柔する手練手管とは思えないくらいには切実な色を含んでいた。

「……そもそも、オレなんか生ませなければよかったんだ」

「何……?」

「聞いたぜ、碌でもない女ばっかり選んでオレたちを生ませたんだろ。……あんたの当時の思惑とか、今の考え方とか知らねぇけどよォ、そんなことしてりゃオレみてぇな出来損ないも生まれてくるってすぐ考えつくよなぁッ! どうせオレには兄貴たちみたいな強さもやさしさも根性も無ぇからあんたと理解し合えねぇし、兄貴たちが何かしら持ってるあんたに似たところも一つだって無ぇよ」

DIOに背を向けたまま、相手の目も見ないで猛ってもなんの説得力もないだろう。それでも、言わずには、叫ばずにはいられなかった。赤ん坊のオレを捨てたヤク中のクソ女はもうDIOに殺されてるからぶつけられる相手はDIOだけだ。卑怯なのは分かってる。それでも止められなかった。

「施設の奴ら全員にson of a bitchとバカにされ続け、itとしか呼んでもらえねぇガキの気持ちが分かるか?」

気づけば嗤いながら泣いていた。寒くもないのに奥歯がカチカチ鳴るし指先からは血の気が引いていく。他でもない、オレを最も蔑んでいるのはオレ自身だ。物心つく前から刷り込まれてきたこの性質はもう取り消すことなんて出来ない。この劣等感はすでにオレの心の大部分を占めてしまっている。
最後に残ったちっぽけなプライドが、相手にバカにされる前に自分を卑下することで自我を守ろうとしていた。
暫くの沈黙が降りてくる。DIOは心底呆れたことだろう。それこそ、生ませなければよかったなと改めて痛感しているはずだ。そう思うと余計に笑えてくるし泣けてもくる。
心の中がぐちゃぐちゃなのが自覚できてだいぶ居た堪れない気持ちになってきた。こんなこと、DIO相手にぶつけたところで何にもならないのに。

「おまえは、このDIOによく似ている」

DIOの手が、オレの頭にぽんっとのせられる。この期に及んで父親面できるのかよ、と逆にオレの方が若干あきれる。

「卑屈なところも、それでいてすぐに調子にのってしまうところも、心のささくれ具合も。なんだったらスタンドだって少し似ているな」

ほら、全世界に影響を及ぼすだろう?
そう言って、DIOはふふっと笑った。

「確かに、当時はおまえたちを実験的に生まれさせ、あわよくば利用しない手はないと考えてもいた。だが今になって、やはりおまえたちがこの世界に居て、奇跡的にこの私のもとに集まってくれて良かったと思う。だって、このDIOの血を分けた子だぞ? sons of the DIOを名乗れるのはおまえたちだけだ」

「何だそれ、ダセェ」

思わず笑いながらそう言い返すと、背後のDIOの気配がぱぁっと華やいだ気がした。あ、今調子にのったな。
「ダセェとは何だーッ」と言いながら、シーツごと頭をぐりぐり撫で回してくるDIOの力強さに堪らず振り返る。すると、シーツがぱさりと肩に落ち、それに合わせていつも被っているニットが脱げた。
DIOがぱちくりと瞬きをする。そのあっけに取られたような表情に首を傾げると、DIOがおもむろにオレの頭に手をやった。肩をすくめると、DIOはかなしげな顔をしたような気がしたが、それも一瞬のことですぐ満面の笑みになった。

「マニュ、おまえ。このDIOと同じ美しいブロンドではないかッ! なぜもっと早く言ってくれなかったんだ」

コメント