映画と好奇

ふとした思いつきで、DIO様に「飲んでみる?」って言っちゃうウンガロちゃんの話。

廊下に出ると、光が一筋漏れている。こっそり中を覗うと、暗い部屋でTVを観るウンガロがいた。
「まだ起きていたのか」
後ろに立って声をかけるとビクッと振り返った。うっかり気配を消してしまっていたらしい。ウンガロはこちらをぽかんと見上げた後、口端を引き上げて目を細めた。どうやら笑顔をつくったようだった。
「親父も観る?」
突然かつ意外なそのお誘いに鷹揚に頷き、彼の隣に腰掛けて画面を眺める。TVでは古い映画がやっている。白黒だ。男が女に傅きその手の甲に口付けている。笑んだ男の口元には牙がのぞいていた。
「寝られないのか? 」
彼のこれまでの経緯は聞いていた。そういう事もあるのだろうか、と思って問を投げかけてみる。「寝ないんだよ」と答えるウンガロの目はTVに向けられたままだ。何を考えているのかイマイチ掴めない。感情の読み取りづらさなら、長男と良い勝負だろうか。とはいえ、自分と血が繋がっているはずの彼らは四人とも、赤の他人よりも理解し難い。例えば目の前の末息子は絵本やコミックというものを好むようだが、それらを与えてやっても返ってくるのは軽い礼と生返事だけ。現に今も、こちらの存在など忘れてしまったように画面に夢中だ。
軽く溜息をつきそうになったその時、ウンガロがちろりとこちらを見上げてきた。慌てて呼気を引っ込め、にこりと笑いかけてやる。
「どうした?」
「飲んでみる?」
質問を質問で返されたことよりも、彼の意外すぎる言葉を耳にして答えに窮した。
沈黙の中、彼の目線がまたTVに向く。
「…吸血鬼に殺される時って、めちゃくちゃイイんだろ?」
昔に本で見たぜ、そう無邪気に言うウンガロの横顔がある女のそれと重なった。
彼の母親も同じように快楽を目的として私に擦り寄った。吸血鬼に噛まれるとしぬほどイイんでしょ?と笑って。血を得られるなら基本的に来る者は拒まないため、躊躇わずに噛み付いたのを思い出す。アレはアレでおかしな女だった。だからこそ、今ウンガロはここにいるのだが。
我が子を捨て、快楽を追い求めた女。死の間際の恍惚とした彼女の顔。ウンガロも、彼女と同じ顔をするのだろうか。
あぁ、と彼の首筋に牙を向ける。画面でも、男の異常に発達した犬歯が女の細い首筋に届こうとしていた。こちらでも、ウンガロの華奢な身体を抱き竦め、そのつるりとした首筋に顔を埋める。だが、牙が彼の星形の痣に届くところで胸元に手を置かれ、身を剥がすように力を込められてしまう。ウンガロの顔を覗き込むと「やっぱ怖いわ。死ぬの」とニヘっと笑った。その表情に既視感は無く、何故か安堵する。
白黒の画面には、息絶えた女を抱える男が映し出されていた。

コメント