bloody works

「おれたちの共通点って何だろうな」

夕食後、無駄に広々とした古めかしい石造りのリビングで、この”家”の三男──おれ、リキエルがぽつりと呟いた。
そのまま三分ほど沈黙が続く。この部屋には今、おれたち兄弟四人しか居ない。それぞれ自由に過ごしている。先の発言者であるおれは、気まずさを覚えて冷や汗をかいた。いよいよパニックで瞼が落ちてくるか、という段階に至ってようやく、おれの二人目の兄にあたるヴェルサスが、新聞の事故記事を熟読するのをやめ、こちらを見た。彼は、元来整っている筈の口元を自嘲気味に歪めいびつな笑みを浮かべていた。

「そりゃあ、母親が全員”違う”ってとこだろ」

そう言ってグフっと下卑た、それでいて自虐的な笑い声を上げる兄を見て、おれは落胆を隠そうともせずに大きなため息をついた。
それを聞いてムッとしているヴェルサスに、「そういうのじゃなくてさ、」と言い募る。

「兄弟ならではのって言うのかな。”血の繋がり”を感じることができるものが無いかなって思うんだ」

だからヴェルサスのは却下、そう言っておれはうーんと伸びをして、ソファにうつ伏せになり頬杖をついた。そのすぐ目の前には、長い脚を持て余すように組みながら何やら分厚い書類の束に目を通している長兄──ジョルノが居る。歳の割に少年然とした瞳の煌めきを失わない輝く兄を眩しげに見上げながら言う。

「例えばの話、兄さんとおれが隣り合って街を歩いてたらどう思う?」

書類に集中しきっていたらしく、兄さんは急に名を呼ばれたようにぱちくりと瞬いた。話の全容は聴いていなかったが、一を聞いて十を知る聡い長兄は何となくおれの言いたいことを理解してくれた。

「ふつうに兄弟だと思われるかと」

「それはねぇだろォーッ、兄貴よォ。兄貴とリキエルじゃあ、女神と子牛にしか見えねぇだろうよ。アンタ自分の神々しさ自覚ねぇのか」

「神々しさって」と、クスクスと無邪気に笑う姿すら様になっている自覚はやはり無さそうだし住む世界が違い過ぎる、とおれとヴェルサスは揃って小さく息を吐いた。
すると、部屋の隅でコミックスの山に囲まれてご満悦だった筈の末弟ウンガロがぼそりと言葉をこぼした。

「オレたち全員……非処女」

場が凍りつく瞬間を、おれは瞼が落ちる直前に、一瞬だったが目の当たりにした。
真っ先に反論したのはヴェルサスだった。

「な、適当ぶっこいてんじゃあねぇぞッウンガロ!俺はともかく兄貴とリキエルは違ぇだろ」

「……カマかけてみただけなんだけど」

少なくともおまえはそうなんだな、と小さく呟くウンガロに兄さんが歩み寄った。
依然としてコミックから目を逸らさない末弟の顎を、指先で支えるようにやさしく添えて、長兄は問う。

「君も、そうなんですね?」

慈しむような憂うような表情でウンガロを見つめる兄さんを、ようやくパニックから復活したおれは固唾を飲んで見守る。ヴェルサスは膝に肘をついて頭を抱えている。小さな小さな声で「やめて」と繰り返していて、こちらはこちらでケアが必要そうだ、とは思えども、おれ自身もエレメンタリースクール時代の教師との記憶が蘇りそれどころではなくなってしまう。
死屍累々の部屋の隅、黄金の輝きを纏う長兄だけが凛としている。

「僕らのこの経験も、ある意味血のなせる業なのかもしれません。あのひとに出会う前の僕も、君たちのように虐げられる運命の中に居ましたから。君たちにもっと早く出会えていれば、なんて今更叶いもしないことを夢想してしまうんです」

兄さんの台詞を聴いて、ウンガロが縋るように言う。

「……兄貴なら、オレが初めてクスリを使われた時、注射器を持ったあの男をやっつけてくれたか?」

つられるようにして、ヴェルサスが涙声で問う。

「へとへとになった俺が抵抗虚しくヤられるのを、助けてくれたか?」

おれも涙と汗を必死に拭いながら、訊ねる。

「教師という立場を利用して生徒の自由を奪って酷いことするアイツらを、看過せずにいてくれたのか?」

兄さんは、おれたちの言葉に逐一返事をしながら耳を傾けてくれていた。
おれたち全員、分かってはいるんだ。もう過ぎた時間は取り戻せないし、あの日あの時の純潔は一生失われたままなのだと。それでも。

「これだけの人生を過ごしながら、こうして生きて出逢えた。僕らの生命力、結構すごくないですか?」

兄さんもおれと同じことを考えてくれていたことが嬉しくて、気分が上向くのが分かった。
それはヴェルサスもウンガロも同じだったようで、ふたり軽口をたたき始める。

「ヴェルサスなんて、初めて会った時強盗の挙げ句ビルの屋上から飛び降りて入院だったもんな」

「おまえだってヤクのやり過ぎで心肺停止状態で運び込まれたそうじゃあねぇか、ウンガロ?」

ギャハハと不運を笑い飛ばしているふたりにつられておれも泣き笑いになる。
そんなおれたちを微笑みながら見守る兄さんの表情は、どこまでも凪いでやさしかった。あまり話したがらないけど、幼い頃の兄さんを助けてくれたというひとに、神より何より感謝した。

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