お題:うちの子可愛い

カタペロへのお題は『うちの子可愛い』です。お題元様はこちらです。https://shindanmaker.com/392860

私の弟妹たちは、世界一可愛い。
弟妹には乳飲み子から私と年子の弟までいて、年齢にだいぶ開きがあるが、皆一様に可愛い。
むかしむかし、まだ私ですら子供だった頃の話だ。
国を一つ滅ぼした時、弟の一人が心無い言葉をぶつけられた。
「化物」と、誹りを受けたのだ。
私や他の兄姉たちなら笑って受け流せる。むしろ、相手がママの人間離れした強さに恐れをなしたか、あるいは己の実力を褒められた証拠として受け取り、胸を張って鼻も高々、指差して相手を嘲笑ってやることもできた。
だが、その子はまだあまりにも幼かった。自分の母や兄姉たちの恐ろしさも、自分がそれに含まれてしまうのだということにも気づけないほどに。
そんな子に、「お前は化物(じみたママ)の子なんだよ」などと事実を伝えたところで余計に傷つけてしまうに決まっている。
取りあえず私の大切な弟を罵ってくれた輩はじっくり急いでキャンディマンにしてやったが、弟は余計に泣くばかりで当然ながら元気づけてやることはできなかった。
困り果てていると肩を叩かれ、振り向けばすぐ下の弟が立っていた。彼は何か言いたげにこちらを見つめていたが、私が首を傾げると、自身の頭の辺りをついついと指差した。
そこではたと気づく。案外頭に血が登っていたらしく失念していたが、私の能力は別に人を殺す為だけに使えるわけじゃない。
ハットに手を伸ばすと、そこに刺さっているキャンディをごっそり抜き取り、色とりどりの花束のようになったキャンディたちを幼い弟の目の前にずいっと差し出す。
その時の弟の表情の愛らしさといったら! 目をぱちくりキャンディの束を見つめたあと、涙の跡も新しいほっぺたにえくぼを刻んでにっこりと笑ってくれたのだ。涙のなごりを残した瞳は太陽に照らされた海上のようにきらきらと輝き、表情もまるでお日様そのもののようだった。彼は声を上げて笑うと、「ありがとう、ペロスにぃ!」と私に礼を言ってキャンディを受け取った。
美味しそうにキャンディを舐める幼い弟を実に微笑ましく眺めていると、ふと視線を感じた。戦いにも参加せず(とは言ってもママの手によって殆どの敵は殲滅されていたが)私たちの遣り取りの一部始終を見守っていたらしいすぐ下の弟が、またしても何か言いたげにこちらを見つめている。
あまり言葉数の多くない彼のもとに歩み寄り、「どうかしたか?」と声をかける。彼は無言で手を差し出した。彼もキャンディが欲しいのかと思い、指先をくるりと翻そうとするとその手を掴まれる。何事かと思い体の動きを止めれば、弟はその場に跪き私の手の甲にひとつ、口づけを落とした。
その、弟のなんとも大人びた所作に驚くと同時に、当時の私はとても寂しくなった。
たとえ私の背丈を追い越しても、私より先に変声期が訪れても、いつまでも幼く可愛いと思っていた弟が、急に遠くへ行ってしまったように思えたのだ。

俺の兄は、世界一可愛い。
数多くいる弟妹たちももちろん可愛いが、俺にとってたったひとりの兄は比べようもない程に可愛くて仕方がない。
だいぶ昔。まだ俺が子供と呼ばれても差し支えのなかった頃。
ママに連れられて海を渡り、あちこちの国を滅ぼしまくった。ママに素直に従わない愚かな国もまだまだ多く、それらが現れるたびに俺たちは戦いに駆り出されていた。
とある国を殲滅中、誰かが泣いている気配がした。それが身内の誰かだと悟った俺はすぐさまそちらへと向かった。
周りの喧騒から切り離されたようなそこには泣きじゃくる弟の一人と、兄がいた。状況を掴むためにしばしふたりを見つめる。
彼らのそばにはキャンディマンがあるだけだったが、弟の「ばけものじゃないもん…」という涙声で何となく事情を察した。酷い言葉を投げつけられた弟のために兄が頑張ったのだろう。だが、キャンディマンは幼い子供には恐ろしすぎる代物だ。彼の涙の半分は恐らく兄の芸術によるものだと思われた。
珍しくほとほと困り果てた様子で眉尻を下げている兄の横顔を見て、なんだかたまらない気持ちになった。弟を泣き止ませるのだったら、キャンディをあげれば済む話である。兄のキャンディは泣く子も思わずにっこりしてしまうキャンディなのだ。だが、今の兄はそれを忘れてしまっているらしかった。それはひとえに、弟を侮辱されたことへの怒りと悲しみからだろう。弟を幸福にする手段を持ちながら、その手段を殺しに向けてしまうほど感情に翻弄されて、それがすべて家族の為だなんて。なんて可愛いひとなのだろうか。
助け舟を出そうと兄の肩に手を置く。はっとこちらを見た兄は心底安堵した、ように見えた。見開かれた鳶色の瞳には涙の膜が張り、瞬きをすれば零れ落ちてしまいそうだった。そして、俺の姿を認めた時、その目には縋るような色が見て取れたのだ。その表情に見惚れていると小首を傾げられる。いけないと思い慌てて自身の頭を指差す。咄嗟のことで声が出せなかった。だが兄はすぐに理解したようで、自分の帽子からキャンディをすべて抜き取って弟に渡した。元気に礼を告げてキャンディを舐める弟を優しい表情で見守る兄にまたしても見惚れる。その光景が、兄が纏う空気が、とても大切なものに感じられた。
すると、俺の熱視線に気づいたのか兄がこちらを見た。自分の視線が兄の作り出した空気の邪魔をしてしまった事を心底悔やみながらも、「どうかしたか?」と声をかけてくれる兄の優しい声に心臓が跳ねる。
この、とてもやさしく可愛らしいひとを守ることが、自分の生まれ持った使命なのだと直感した。
俺が手を差し出すと、兄の指先がひらりと翻ろうとした。美しい飴細工を生み出すはずだった繊細な手をとり、傅く。きょとりとこちらを見下ろす兄の目をしばし見つめたあと、彼の手の甲に口づけをひとつ、落とした。それが、当時の俺にできる精一杯の誓いだった。

「そんな事もあったな。懐かしい♪」
道化のような兄は、当時の健気さなどどこへやら、すっかり染み付いてしまった人を食ったような笑みでキャンディケインを舐めた。
「あの頃から、ペロス兄は変わらない」
黒衣を身に纏った弟は眉間に消えない皺を刻んだまま兄を見つめ、テーブルに置かれた瓶からジェリービーンズを口に運んだ。
「そんな事はないぞ、ペロリン♪ 弟妹たちに当時の写真を見せると、一番驚かれるのは私だからな。」
「…そういう事じゃない」
ぼそりと弟が呟くが、その声は兄には届かなかった。兄はそのまま言葉を続ける。
「私からすれば、カタクリ、お前こそ見た目から中身まで何一つ変わっていない。…あぁ、なにも、成長していないと言っているわけではないぞ?」
「ペロス兄は……あの頃からずっと可愛い」
話の流れをほぼ無視した弟の意外すぎる言葉は、今度ははっきりと兄に届いた。キャンディを舐めるのも忘れて、兄は思わず「は?」と間の抜けた声を上げる。
「…そういう言葉は、弟妹たちに贈ってやりなさい。私には合わないよ」
しばしの沈黙から復活したあと、ゆっくりと弟を諭すように兄は言った。
それに対し、弟の眉間の皺は更に深くなることとなった。
「弟妹たちももちろん可愛い。だがペロス兄の可愛いは次元や方向性が違う。」
弟の物言いは真剣そのものだった。射抜くような視線が兄を捉えて離さない。弟の鋭すぎる視線には慣れっこの兄も、その台詞を聞いて冷や汗を流す。
「待て待て、冷静に考えろ。おまえが言いたいのはあれだろう。兄として尊敬しているとか、慕っているとか」
「確かに俺はペロス兄を慕っている。だがそれは兄としてと言うよりも、ひとりの人間としてと言ったほうが近い」
「…とりあえずで悪いが、ありがとうと言っておこう。だがな、その言い方だと、その、まるで…、」
段々と小さくなっていく煮え切らない言葉の続きを奪うように、弟は告げる。
「恋愛感情だろうな。」
「はっきり言いすぎだッ」
「あるいはそれ以上の感情か…」
頭を抱える兄。その表情は帽子に隠れてしまい見えなくなる。だが、弟には兄を追い詰めているという確信があった、言い方は悪いが。兄は精神的に余裕が無くなるといつもの口癖が出なくなる、という兄本人ですら気付いていない事実は、この弟しか知らない大切な秘密だ。
ここに至って、弟はソファから腰を上げた。向かいに座る兄のもとへ歩み寄り、片膝をつく。
「ペロス兄」
真摯に名を呼ぶと、渋々と言った様子で兄は弟に顔を向けた。その手をとるが、兄は拒絶の意思は見せない。
「あの時、初めて分かったんだ。俺はほかでもない貴方を守るために生まれてきたのだと」
可愛らしい貴方を何ものも傷つけることが無いように。そう言って、弟は兄の手に口づける。
兄の性格上、本当に拒絶するなら今だと弟は知っている。とりあえずこちらの話は聞いてくれるのだ。その後の是非はともかくとして。
長い長い沈黙のあと、兄はようやく言葉を発した。
「………私も今初めて分かったよ。あの時寂しさを覚えたのは、可愛い弟が成熟してしまったからではなく、弟という感覚が遠のいてしまったからだと」
兄の力無い告白に、弟は珍しくぱちくりと瞬いた。
「寂しかったのか、ペロス兄? だが安心してくれ、俺は貴方の可愛い弟でもあり、可愛い恋人でもあるんだからな」
「あまり調子に乗るんじゃない」
普段の彼からは想像もつかない弟の饒舌さに、おしゃべりが売りの兄は文字通り舌を巻いた。
「これまでも、これからも貴方を守ると誓う。その証を贈っても?」
「…好きにすればいいさ。その可愛い弟兼恋人とやらに、守られるつもりは昔も今も毛頭無いがな」
「そういう可愛らしいところは、本当に相変わらずだな」
その言葉を最後に、弟は兄の唇を奪った。

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