お題:世界ごときに、渡してたまるか

陛キルへのお題は『世界ごときに、渡してたまるか』です。
https://shindanmaker.com/392860
お題元さまはこちらです。

またしても素敵すぎるお題が出てくださったので書いてみたのですが相変わらずの意味不文……。本誌追ってたのに陛下周辺の設定を忘れがちです。ごめんよ。
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「陛下」

幽かに揺らぐ声に、沈んでいた意識を引き戻される。
数瞬、『はて、やつは今虚圏にて破面狩りをしている筈だが』と瞼を閉じたまま考えてしまった。あの命を下してから、己がやつにどのような役割を担わせたのかも忘れて。
薄く目を開いて、視線を寝台のそばへと移せば、純白の軍服に身を包んだやつが傅き頭を垂れているのが見えた。その姿は、謁見の間から天敵の拠点へと送り出したあの時のままだった。
ようやく。ようやく、だ。

「戻ったか。キルゲ・オピーよ」

キルゲは更に低頭すると、「……は」と短く返事をした。その声は、先程私を目覚めさせた時と同じように少し掠れている。
今”カタチ”を保っていられるだけでも奇跡と呼んで差し支えのないくらいには、やつの魂を消耗させてしまったのだと判り、少なからず悔いる。眉間に手を遣り深く溜息をつくと、やつは何を勘違いしたのかハッと息を呑んだ。

「申し訳……ございません……!」

「貴様は他者の心が読めるのか?」

「ぁ、い……いえ」

叱られた犬のように悄気返るやつを見て、『あぁ、いつものキルゲだ』と、どこか懐かしさすら感じる。聡い筈なのに、私に心酔するあまり時折先走る、それがやつの悪い癖だった。そこも美点だと捉えてしまうくらいには、私はやつを贔屓している自覚がある。改めるつもりもないし、もうその必要もない訳だが。

「黒崎一護を……取り逃がした罪は重い、と考えております」

キルゲは震える声でそう述べた。
まあ、そう来るだろうと予想はついていたため、さして驚きはない。ただ、徒に不安を煽るのも憐れかと思わされる程、キルゲは恐縮しきっているようだ。私は、めずらしく言葉を選んだ。あろうことか、兵のひとりをこれ以上気落ちさせないように、と。

「あれは私の落ち度だ。生粋の滅却師を足止めにしてしまった」

私のこの台詞に、キルゲが顔をおずおずと上げぱちくりと瞬き、そしてきょとんと表情を惚けさせた。
他の者共がこのような反応をすれば、体の一部を吹き飛ばして態度を改めさせるところだが、まあ、こやつは例外中の例外と言ってもいいだろう。
寝台の上で身を起こし、端に腰掛ける。それに合わせるように気を引き締めたような表情をするキルゲに、より近くに寄るように言う。
素直すぎるほどの実直さで立ち上がると、やつはこちらへと一歩歩んだ。おそらく胸中は穏やかではないだろうに。そうしてまた傅いて見せる。
その頬に指をすべらせる。そうすればわかりやすくしどろもどろになるキルゲを微笑ましいと思う。自分の中から削ぎ落とした筈の、所謂人間らしい甘い感情が我が裡にも遺っていたのかといつも驚かされるという事実を、目の前で畏まるキルゲ本人に伝えることはこれまでもこれからもないだろう。

「なに、そう気にせずとも良い。それよりも、此処まで還って来た事を褒めてつかわすぞ」

「っは、身に余るお言葉……!」

いつも以上に泣き出しそうに眉根を寄せて、それでもキルゲは気丈に振る舞ってみせる。その健気さを、愚直さを、私は好ましく思うのだ。
あのまま虚圏に放置していれば、いずれあの場を形作る霊子の一部となっていたであろうこの愛しい存在を、立場から迎えに行かなかった事を心から後悔した。
そんな私の心の裡を告白すると、キルゲは普段のやつにはそぐわぬと思われる程の、華やかで無邪気な笑みを私に向けた。
キルゲの身体が、青白く輝きながら霧消していく。その存在を逃すまいと、私はキルゲの魂そのものを私の中へと還していった。このような世界ごときに、渡してたまるか。
よくぞ、

「……よくぞ戻ってきてくれた、我が──よ」

独りきりになった部屋の中、私の鼓動が一度だけ控えめに高鳴った。まるで、私の言葉に歓び呼応するように。

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