お題:砂糖を煮詰めた甘さの君








「かみさま、どうかきいてください」
懺悔のように、日記のように。今日あった事とそれに対する自分の思いを懸命に言葉にしていくちっちゃなアイツ。
祈りの姿勢でたどたどしく紡がれる言葉には、年相応のやわらかさの他に、アイツの年には到底そぐわない厳格さが少しだけ含まれていた。
滅却十字を握りしめる手にはきゅっと力が込められて、丸みを帯びた指先が白んでいる。
丸まったその小さい肩に手を置く。ひくりと体を跳ねさせたあとゆっくりこちらを見上げてくる碧い眼。
「もう充分でしょ。」
しゃがんで目線を合わせながら言うと、戸惑いに瞳を揺らがせる。
幼い頃の習慣だったらしいこのお祈りは、相当厳しく躾けられたものらしく、融通をきかせるのはなかなか難しい。
こちらとしては構いたくて仕方が無いのに、どうでもいい祈りとやらで遊ぶ時間が減るのはどうにもいただけない。
「リルからたっくさんお菓子をもらったの。お茶淹れるから一緒にいただきましょ?」
そう言ってやれば、表情はあまり変わらないのに顔いっぱいに嬉しさを浮かべる。なんというか、雰囲気がパァっと華やぐのだ。コイツは幼い頃から甘党らしく大抵の場合はお菓子で釣れる。
「…し、しかし」
「先にぜーんぶ食べちゃおっかなぁ」
「っ!」
往生際悪く言い募ろうとするのであえて突き放してみれば、慌てて首をぶんぶんと横に振った。

「…おいのりをしないと、じごくにおちてしまうのですよ」
もぐもぐ、こくん。小さな口に含んでいたクッキーを、きちんと飲み込んでからぽつりと言う。その表情は罪悪感に沈んでいる。眉尻はいつも以上に下がって、今にも泣き出してしまいそうだ。
神様なんているわけ無いし。そう言ってやりたくなる。地獄も何も、命が終わればそれまで。私たちはその辺の霊子に混じって消えて、あとには何も残らない。
コイツの言う「かみさま」が誰なのかは、何となく分かっている。だが、コイツがいくら祈ったって、その思いはかの人には届かないだろう。たとえ届いたとしても、冷たい一瞥をくれるだけだ。幼い祈りが踏み躙られて終わるところなど見たくはない。
「そうそう地獄になんか堕ちないんじゃないかなぁ」
とりあえずチョコチップクッキーを摘んでコイツの口元に持っていってやると、少し躊躇ったあと、遠慮がちにぱくりと咥えた。楽しい。親鳥になった気分で、ふくふくしい頬がもにゅもにゅと動くのを見守る。この可愛いほっぺたが将来的にはああなるのだと思うと少し勿体無い気がしないでもない。
「いいえ、おちます」
「はっきり言うわねぇ」
真っ直ぐにこちらを見上げてくる彼の表情は真剣そのもので、そこには多少の恐怖も含まれているように見える。
さくさくとクッキーを咀嚼しながらコイツの実際の幼少期に思いを馳せてみたが、この言葉が生育環境を物語っていると一人納得して想像を打ち消した。
「じゃぁ聞くけどさ、あんた神さまに会ったことあるわけ」
「まだ、ありません。ですが、わたしたちひとりひとりの中にいらっしゃるそうですよ」
何とも小生意気な答えが返ってきた。確かにその通りだが、その神さまはコイツが思い描いているような人物だろうか。
「わたしたちが今こうして在るのも、かみさまのおかげなのだとか」
誰かからの受け売りを披露しながら飴玉の包装を剥くコイツに倣い、煮詰めて固めた砂糖の塊を口に放り込んで容赦なく噛み砕く。
暴力的な甘さが口内を塗りつぶしてきて、すぐに何かで洗い流したくなったがそうはしない。今頃これと同じものが、コイツの舌をやさしく甘みで包み込んでいるだろうと思ったら、お茶に伸ばした手が自ずと止まった。
「私とアンタがここにいることが、」
あのお方のおかげ、ねぇ。まぁ、間違っちゃいないけども。
腕を組んで目を閉じて唸る。
「…ですから、私はあの方にとても感謝しているのですよ」
舌っ足らずだった言葉が、甲高くもやわらかかった声が、急に怜悧なものになって思わずぎょっと目を見開いた。
目の前には、いつも通りのアイツ。口内でひかえめにころころと飴玉を転がす様は、先程までの面影をほんの少しだけ残している、気がした。
「ちょっと、急に元に戻らないでよ」
「おや。いつの間に」
きょろりと自分の姿を見下ろす姿には、幼気で真摯な祈りなど一切感じられない。丸かった輪郭も、小さかった身体も、何もかもが変わってしまった。
だが、変わらないのは。
「…ッ、まったく。堪え性のない方だ…」
「ちっちゃいアンタにこうしなかっただけ有り難いと思いなさいよ」
ずっと触れたくて堪らなかった。触れてしまえば歯止めが効かなくなりそうでそうはしなかったが、今ならいくらでも羽目を外せる。
「こんな私が好きなんでしょ? 出逢えたことを神さまに感謝しちゃうくらいには」
口付けて舌を割り入れれば、飴玉のせいで人工的な甘さが舌にしみた。混ざりあった二人分の甘ったるい唾液を送れば、従順にこくりと飲み下すのにたまらなく煽られる。
「ッ…このような場で、あの方をお呼びするべきではありませんよ」
言葉の上ではあくまでも生意気なコイツに、思わず溜息を漏らしつつ。ゆっくりとソファに横たえる。
「はいはい。ロマンティストを相手にするのも苦労するわ」
神さまを信じてるコイツはとっても甘い。今も昔も。


バンキルです。
何かの拍子にショタ化しちゃったキルゲさんと、彼を構うバンビちゃんです。

仔キルへのお題は『砂糖を煮詰めた甘さの君』です。


お題元様はこちらです。
https://shindanmaker.com/392860

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