お題:「背中についた爪の痕が、痛いのか熱いのかわからない」で始まり「本当に嬉しいとき、言葉よりも涙が出るのだと知った」で終わります。

『白痴』設定引っ張っております。お話の中身はいつも以上にないです。力尽き方がめちゃくちゃ顕著です。ごめんねm(_ _)m

一キルのお話は
「背中についた爪の痕が、痛いのか熱いのかわからない」で始まり「本当に嬉しいとき、言葉よりも涙が出るのだと知った」で終わります。
https://shindanmaker.com/804548
お題元さまは↑こちらです。

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背中についた爪の痕が、痛いのか熱いのかわからない。
姿見に背を映して肩越しに振り向くと、中には血が滲んでいる痕もあった。道理で、と考えながらベッドへと歩み寄る。
一護の背に痕をつけた張本人であるキルゲが、はくはくと懸命に短い呼吸を繰り返している。先程さんざんナカでイかせたので、まだ落ち着かないようだ。
ベッドに腰掛けると一護は、汗でしっとりと額にはりついたキルゲの前髪を指先で退けてやる。そしてそのまま、柔らかくもさらりとした感触の黒髪に手櫛を通していく。
心地よさそうに目を閉じて、キルゲはなすがままになっている。時折一護の指先に頬擦りしてくるあたり、相当に懐かれているのだと自惚れ口元に笑みを浮かべてしまうのも致し方ないことだろう。
一護が徐ろにベッドの上に寝転ぶと、キルゲが碧い瞳を輝かせた。

「!、つづき?」

心底嬉しそうなキルゲに眩しさを感じながら、「違ぇよ」と軽く微笑って返す。その返事を聴いて、頬をぷうとふくらませるキルゲが一護を上目遣いに見つめてくる。おっさんの拗ね顔が可愛く見えるのは今更だが、これ以上は互いの体力的にも限界なのでお断りするしかない。そもそも、先程あれだけ泣いて喘いで、舌足らずに「もうやだ」「こわい」「やめて」と懇願してきたのはキルゲだ。そうは言いつつもカラダは悦んでいたので本当に駄目というところでストップしたわけだが。やはりこうなってからのキルゲはどこか生き急いでいるというか、ごしゅじんさまだと思い込まされた相手を性的に満たさねばと自分の身を擲つ自己犠牲的な側面があった。
どうにかしてあげたいが、記憶も性格も何もかもが初期化されたところに叩き込まれたその側面が、そう易々と変わるものだろうか。それに今のキルゲを否定するのも、新たに成長の兆しを見せている情緒すら否定することになってしまう。それは、かつての彼を知る一護だからこその都合のいい身勝手にほかならない。天敵への残虐さはあれど、どちらかといえば理知的に任務を粛々とこなす姿からかけ離れた、今の無邪気とも言えるキルゲとのギャップを知る者は、もう殆どいないのだから。
あれこれ考えつつ寝返りを打つ。途端背中にぴりりと小さく鋭い痛みが走った。

「痛……ってぇ」

不思議そうに一護を見つめるキルゲに苦笑で応える。そして一護はポンと手を打った。

「爪、切るか」

「や」

「や、じゃない。切るんだよ」

「や!」

鳴き声のような可愛らしい拒絶とともに、キルゲはシーツを頭から被って丸まり断固拒否の体勢に入った。
こうなると、長い。
いつもなんだかんだ宥めすかして切っているが、今回はおやつも食べきった後だし、絵本も表の世界に置きっぱなしで来てしまった。取りに行ってもいいが、徒にキルゲを不安にさせる真似はしたくなかった。
どうしたものかと小さく溜息をひとつ。すると、目の前のシーツの繭がもそりと身動いだ。ひょこりと顔を出して、キルゲが一護を見上げてくる。そうこうしている間にも背中の痕は外気に触れてひりひりと痛み、熱を持つ。……そうだ。

「これ、見えるか?」

「、?」

「あんたがつけた痕だ」

キルゲが、アーモンド型の眼を更に丸くするのを、肩越しに確認する。よしよし、効いてるな。と、一護はこっそりと笑んだ。
もそ……と起き上がる気配がして、一護の無防備な背にひんやりとした何かが恐る恐るといった風に触れる。キルゲの指だとすぐに分かった。

「……いちご。いたいいたい?」

「ん、まあ多少な」

一護の答えに、キルゲはぐすっと洟を鳴らした。え、泣かせちまったか、と一護は焦る。頻りに「ごめんなさい」とこぼすキルゲの方を身体ごと振り向いて、彼の頭を撫で、頬や額にキスを贈り、ぎゅうと抱きしめて肩を一定のリズムで柔らかくたたく。暫くそうしていると、幾分か落ち着いたキルゲがくぐもった声で「しばって」と呟いた。予想していなかったキルゲの台詞に一護がもう一度言うように促す。

「つぎ……しばって」

この一言で、キルゲが言わんとしていることが一護には分かった。次回からは一護に縋ってしまわないように両手を縛っておいてください、という意味だ。

「縛らない。そんなんじゃあんたを道具扱いした輩と同じじゃねえか」

あくまで俺が、あんたをできるだけ大切に抱きたいんだ。……抱きつぶしてばっかなのはこの際置いといて。
そう伝えると、キルゲがほんのりと頬を染めた。そして。

「つめ、きる。きってくださぃ」

と、おねだりしてきた。お気に召すまま、とベッドサイドから小物入れを探し当て、そこから爪切りを取り出した。
キルゲが素直に手を出す。形のいい爪が案の定少し伸びていた。幼い頃妹たちにしてあげたのを思い出しながら、もしくは最近の記憶で言えば、動画アプリで見た猫の爪切り動画だな、などと穏やかな気持ちでキルゲの爪を整えていく。
ぱちん。ぱちん。
軽やかな音が室内に響く。そっと視線を手元からキルゲの顔へと向ければ、きゅっと目蓋をきつく閉じてこの災難が過ぎ去るのを待っていて。本当に退行してるんだなと改めて痛感し切なくなる。だが、一護のために恐怖に耐えてくれているのだと思うと愛しさが募った。

「……よし、おわったぜ」

おっかなびっくり目を開けて、手のひらをくりくりと眺めるキルゲを、ダストボックスを隅へ移動させながら一護はひと仕事終えた満足げな表情で見守る。
そうしていると次第にキルゲの眼が眠たげにとろりととろけ出したので、やさしくベッドに横たわらせる。
意識をふやけさせたキルゲが、同じくベッドに横になった一護の方を向いた。

「いちご。あのね、」

最初の頃よりはだいぶ話すことにも慣れてきた、物覚えのいい生徒の言葉に一護は耳を傾ける。

「ゆめ、に。なにか、だいじだったひとが、でてきてね、」

この言葉に一護は身構える。まさか。

「おいで、おいで。ってされました」

間違いなくキルゲたちの長だった男のことだと直ぐに合点がいった。
一護は可能な限り平静を装いつつ続きを促した。

「……それで、あんたはどうしたんだ」

「ことわ、った。いちごがまってるから、って」

「……よかったのか、大事なひとだったんだろ」

「いま、いちごのほかに、だいじなひと。いないです」

目頭が熱くなったので押さえつつ洟を鳴らす。

「うらはらさん、いしだくん、みんなみんな、だいじ。いちごがいて、くれる。から」

たどたどしい言葉でも言いたいことは十二分に伝わってきて、キルゲの一生懸命な言葉に堪らず抱きすくめた。
洟を啜ると、キルゲが不思議そうに訊ねてくる。

「いちご、まだ、いたいいたい?」

「っそうだけど、そうじゃねぇんだ」

「? むずかしい」

枕を濡らしながら、本当に嬉しいとき、言葉よりも涙が出るのだと思い知った。

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