ヘリクリサムを、貴女に

過去再録です。白痴設定あり。女体化あり。ご注意を。

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「相手を……お、犯さないと出られないだぁっ!?」

「……前回の傷が癒えていないというのに又しても」

 ひっくり返った声で叫ぶ俺を他所に、キルゲのやつは冷静に感想を述べている。若干不服そうに顔を顰めてはいるが。 何でそんなに落ち着いていられるんだよ。もっとこう……あるだろうリアクションが。どうせ浦原さんの仕業とバレバレだとしても。
 
「二度目にもかかわらず、愚直に反応を示すのですね。些か焦り過ぎでは?」

「あんたが落ち着き過ぎなんだよっ。今からあんた、また俺に犯されるんだぞ」

 俺のこの台詞に、キルゲが色眼鏡の奥の眼を丸く見開いた。そういえば、こいつの眼って碧くて奇麗なんだよなぁ。今はそれどころじゃねぇけど。
 数秒の沈黙の後、キルゲが口を開いた。

「どうして貴方が犯す側なんです?」

「は? だって前回そうだったじゃねぇか」

 キルゲは気をつけの姿勢を崩さず、毅然とした態度で俺の言葉を聴いていた。そして。

「同じ轍は踏みません」

 と、言い放った。かと思ったら、徐ろにこぶしを俺の方に差し出してくる。

「ここは公平にSchnick, Schnack, Schnuckで決めましょう」

「なんて?」

「はい、Eins-zwei-drei!」

「え、ちょっ」

 要はジャンケンだった。「ジャンケンじゃねぇか」と俺が言えば、「そうですが?」と返される。分かってたなら俺にもすぐ分かるようにやってくれよ。相変わらず生意気なおっさんだな。
 勝敗は……俺の勝ち。あいこもない一発勝ちだった。
 キルゲは渋〜い顔をして、物凄い小声で「もうひと勝負……」と言いかけてから、「いえ、男に二言はあってはならない!」と自分を奮い立たせるように言った。

「今までのやり取り要らなかっただろ。なんだよこの茶番は」

「……真っ向勝負で敗けたのなら、逃げを打つ自分を納得させられるかと思いまして」

「そもそもあんた、俺を抱けるのかよ」

「抱けません!しかしまた犯されるなど……私にも男として、騎士としての矜持があるのですよ……!」

「往生際の悪さだけは買ってやるよ」

 苦笑しつつ、キルゲの手を取る。びくっと大袈裟なくらい震えたが、努めてやさしく手を引くとおとなしく着いてくる。そのまま無駄にデカくて豪奢なベッドにエスコートし、ベッドの端にキルゲをちょこんと座らせてその隣に腰掛けた。
 未だこわばったままのキルゲをリラックスさせようと思ったが、どうすべきか分からなくなってしまった。というのも、こういうときはやさしいキスをしたり頭を撫でて安心させてやるものだと俺の頭の中の”教科書”が示しているのだが、如何せん相手は男だしおっさんだし敵だし恋人でもないという4重苦だ。どうしたもんか、と天井を仰ぐ。
 すると、キルゲがか細い声で言った。

「やはり、このような敵のおじさん相手ではいやなのでしょう」

「別に、いやではねぇよ?」

 これは本音だ。言いながら、自然な仕草でキルゲの頭を撫でる。お、やればできるじゃねぇか、俺!
 切り揃えられた黒髪を、上から下へ、上から下へと撫で続ける。
 俺は今、何をしているんだろうか。
 前回と同じ問いかけを自分に向けてみる。敵のおっさんとセックスするために、そのおっさんになんとかリラックスしてもらおうとしている。
 というか、前回と比較して今気づいたんだが。

「……なんか、抵抗が弱くねぇか?」

「んなっ!?」

 俺がぼそりとこぼした言葉に、キルゲは何やら鳴き声を上げてバッと音がする勢いでこっちを見た。
 その頬は、赤い。
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あいつは自ら望んで、緩やかに死へと歩んでいるのではないだろうか。
 あいつ、もといキルゲは食事を必要としないらしい。空腹も感じていないようだし、なるべくあいつの文化圏のものに近そうな食事を目の前に用意しても、不思議そうな顔をするだけで全く手をつけない。
 いつものあの人によると、そこかしこに漂っている霊子を無意識下で吸収しているのではないかとのことだった。ただ、それだけでは当然ながら足りないだろうとも言われた。曰く「霞を食んで生きているようなもの」だそうだ。基本的に俺たちがかまってやれない時はひとり遊びをするか、満たされていれば泥のように眠って過ごすだけだが、食事を摂らないのは由々しき事態だ、と。それを聞いて俺は、あいつに食事を摂らせようと努めるようになった。
 俺がスプーンを出来る限り優しく口に入れてやっても、一口目はきょとんとしてからろくに咀嚼もせず飲み込むが、二口目からは俺が持つスプーンを手で遠ざけようと躍起になる。力は日ごとに弱るし精神は子どもそのものだが、体は大の大人だから本気で抵抗されてしまうともう、お手上げだった。これ以上力を込めると傷つけてしまう、それでは本末転倒だ、と結局俺が根負けして手を引っ込める。「これはおまえが生きていくのに必要なことなんだぞ」と説明し、離乳食のように柔らかくした食事を口に含む姿を見せてもむしろ逆効果だったようで、よりいやがるようになってしまった。そこからだ、俺が冒頭の気づきを得たのは。
 以来俺は、何か、何かあいつがどうにか食べられるものを、と考えるようになった。あれは一口目で吐いてしまった、これは見ただけでそっぽを向かれた。そうしてあれこれと試行錯誤するうちに、偶然発見したのだ。
 苺だ、と。
 その日も俺はキルゲの部屋を訪れていた。早く抱いてほしいといつものように急くキルゲをなんとかいなしながら、根野菜を舌でつぶせる程柔らかく煮たスープを小さな器にほんの少しだけ用意する。途端にぷいと顔を背けたキルゲを抱きしめて「頼むから何か食べてくれ」と頼み込んだ。大抵のことは”ごしゅじんさま”である俺が”命令”すれば、キルゲはがんばってその通りにしようとしてくれる。だが、食事の拒否、この一点についてはなんとしても譲れないようだった。それでも、たどたどしく「ごめん、なさい……」と呟くキルゲの頭をひと撫でしてから、今日もだめだったな……と心中で落ち込みながら食器を片付ける。その時、小鍋の入っていたバッグとは別の包みの存在を思い出した。机の隅に所在無さげに置かれているそれを手元に引き寄せ、俺は半ば諦めつつも言ってみたのだった、「……苺食うか?」
 俺の発言に、申し訳無さそうに俯きかけていたキルゲがパッと顔を上げた。

「いちご……?」

 食べ物について初めて興味を引けたのが嬉しくて、俺は布包みを解きつつ説明した。

「おう。いちご、だ。浦原さんが季節だからって持たせてくれたんだよ」

 言いながらうさぎの絵柄のデザートケースの蓋を開けて見せる。ぴかぴかのみずみずしい苺たちが詰め込まれていて、さながら宝石のようだった。一縷の望みを託して、俺はデザートケースごとキルゲに差し出した。あいつは困ったように眉尻を更に下げ、俺と苺たちを交互に見つめる。そこで俺が一番小さなひと粒を摘み、キルゲの口元に持っていくと、おずおずと口が開かれる。そのタイミングを逃すものかと、俺は努めて迅速に、そして焦りを気取らせないように素早く優しく苺をキルゲの口に含ませた。
 口元をおさえて目を白黒させているキルゲに、「噛むんだ」と”命令”する。俺がお手本を見せなきゃな、とひと粒口に放り込んでしゃくしゃくと噛み砕いて見せる。甘酸っぱい水分が口内を満たし、独特の香りが鼻腔を擽っていく。うめぇなこれ、と味わう俺の様子をまじまじと見つめ、あいつは見様見真似でゆっくりと苺を咀嚼し始めた。
 何度か噛んで、こくりと喉仏が上下するのを見届けた俺は、感極まってキルゲをきつく抱きしめた。まるで愛し子にでもするように、頭から肩から随分と痩せてしまった背中から、あちこちを撫で回した。そして恐る恐る訊ねてみる。

「美味いか……?」

「うま、い、?」

 語尾に疑問符は付いていたが、身を離して表情を見れば気に入ったことがうかがえた。俺はもう一度キルゲを抱きしめた。
 それ以来、キルゲは苺だけを食べるようになった。相変わらず他の食べ物は受け付けないが、俺としてはゆっくり、ゆっくりでいいと思える余裕が生まれた。
 俺が居るときは甘えているのか俺の手からしか食べない。でも、それでいい。目を離すとすぐあちら側に向かおうとするキルゲを、こちら側にほんの少しでも留めておけるのなら、どんな手段でも使おう。
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もふもふもふんさんには「もしもの話をしよう」で始まり、「もう少し君を知りたかった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば3ツイート(420字)以内でお願いします。
https://shindanmaker.com/801664
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「もしもの話をしよう」
着々と出立の準備を進める彼に、言葉を投げかけると、「何です、急に」と襟を正しながら短い返事をくれた。
「たとえば。そう、現世の学校、その同級生という間柄だったら」
「……もっと平和に過ごせたのに、ですか?」
「いや?まぁそういう考えもあるにはあるが、」
持って回る俺の言葉に、彼は短い溜め息をついた。
「あの、そろそろ時間なのですが」
「まあ聞いてくれよ。学生ってさ、学校帰りに一緒に買い食いしたり、学校の廊下ではしゃぎ過ぎて教師に窘められたり、集会で並んでふざけてまた教師に叱られたり、色々あるだろ?」
「……良くない行いばかりではないですか」
「俺たちは訓練校上がりだし、同級生でもねぇ。別に現世の学校に憧れてる訳でも、ねぇよ。でもよぉ、」
彼は既にドアノブに手を掛けている。
天敵の巣窟へ、死地へと、赴くために。
「もし今話したことがほんとうだったなら、もう少しあんたを知れたんじゃねぇかって、思ったんだ。今となってはもう遅いがな。」
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貴方は一キルで『僕の居場所』をお題にして140文字SSを書いてください。
https://shindanmaker.com/375517
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「ん、ほら」そう言って腕を広げる彼。一歩近づけば彼の両腕にとらえられる。「……何故でしょう、とても落ち着くのは」「そりゃあ、ここがあんたの居場所だからだろ」私の居場所……と鸚鵡返しに言葉をこぼすと、彼の腕に力がこもる。「どこにも行くなよ、もう」どうしても、了解、とは言えなかった。
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もふんさんには「こんな世界は嫌いです」で始まり、「それを人は幸せと呼ぶらしい」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば11ツイート(1540字程度)でお願いします。
https://shindanmaker.com/801664
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「こんな世界は嫌いです」
「つれねぇこと言うなよ」
「嫌いなのです」
ぷいとそっぽを向くキルゲの肩に腕を回す。馴れ馴れしい俺の態度に、キルゲはこちらを見上げてムッと眉間に皺を寄せた。
「どうして、嫌いなんだったっけ?」
俺はといえば慣れたもので、キルゲが俺の手をぺしっとはたくのも気にせずにいつものように問うてみる。するとキルゲはこれまたいつものように訥々と言葉を紡ぎだす。
「まず、」
そう言って得意げですらある表情で人差し指を立てて見せる。
「貴方がいる」
「恋人だから嬉しいだろうが」
「自惚れないでいただきたい」
ぴしゃりと言い放つキルゲの表情は穏やかそのものだ。先程までの不機嫌の『フリ』はもう飽きたらしい。
「そもそも、貴方と私は相容れない存在であるはずです。それにもかかわらずこのように馴れ合うなど有り得てはならない」
「俺に寄り添いながら言う台詞じゃねぇな」
「それに、この世界は不可逆的な事象が多過ぎます。覆水盆に返らずとはよく言ったものです」
「つまり?」
「ですから、一度ことが起こってしまうともう戻れないなど理不尽過ぎるということです」
「と、言うことは?」
めげずに言い募る。すると、キルゲは、痺れを切らしたように少し声を張った。
「貴方を知ってしまった私はもう、元の私にはなれないのですよっ」
「それの何が困るんだ?」
先程から疑問符ばかり投げかけている自覚はあるが、これは一種の様式美のようなものなので気にしない。それよりも、キルゲが無意識なのか意識的になのか愛の告白を仕掛けてくるこのいつものやり取りを愉しむことに集中する。
「……貴方はいずれ、私のことなど忘れ、私などよりずっと素敵な方と結ばれるのです」
「勝手に決めんなよ」
「いいえ!これは決定事項ですっ。そしてそれまでの短い時間を貴方と共に過ごした私は……”その時”が来たとき、貴方を恨むことこそあるかも知れませんが、元の感情、無関心にはもう戻ることができないのです」
「……ここまで好かれてると、なんか照れるなぁ」
いつものことだけど、とは敢えて言わないでおく。
「でれっとしないでください。男前が台無しですよっ」
デレてるのはおまえだろう、とも言わないでおいた、俺えらい。ここで水を差すとキルゲはむくれて続きを言ってくれなくなるからな。だけど今日はちょっと変化球でも投げてみるか。
「無関心、っておまえは言うけどよ。初めて逢ったときからおまえ、俺に対して特別な感情持ってたろ」
「んなっ!?」
キルゲがなんか鳴き声を上げているが気にせず続ける。
「足止めを命令された辺りから、執念……っていうのかな。俺を逃しちゃいけない、いや、俺と一緒に居たい、」
「──それ以上は言わせません」
白手袋の人差し指が、俺の口唇にそっと触れる。
「貴方が居るということは、我々は敗北したということ。仲間と呼べる間柄ではなかったのかも知れない。それでも、”彼ら”のいないこの世界は、嫌いなのです。そしてこのぬるま湯に浸かって抜け出そうともしない自分も、大嫌いです」
「俺はおまえとこうなれて嬉しいけどな」
言いながらキルゲをとらえた腕の拘束を強めると、彼は気まずそうに身動いだ。
「貴方のその言葉、一挙手一投足に振り回されることに喜びを覚える私を、私は赦せない」
「なんだかなぁ」
と、俺は溜め息混じりに言葉をこぼした。
「ひとを愛するって、難しいんだな」
「この期に及んで”愛”と来ましたか」
「要は俺を愛しちまったから、俺を失うのがこわい、と言う訳か」
「そ、そのようなこと!」
「今のおまえに何言っても響かねぇかも知れねぇけどさ、」
一旦言葉を区切る。そしてキルゲの様子をうかがうと、目蓋をきゅっと閉じて、祈るように手を組んでいた。
「愛する相手と想い合える。それを人は幸せと呼ぶらしいぞ」

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もふんさんには「それは人魚の恋に似ていた」で始まり、「そんな怖い顔しないでよ」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字)以上でお願いします。
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 それは人魚の恋に似ていた。
 なにも、己の容貌をいつかの童話の挿絵に描かれた人魚のように美しいと思ってなどでは決してない。ただ──
 まばゆい太陽の下、学友たちと歩く彼女。私は死後の世界、それも暗く息苦しい影の中から彼女という太陽を見上げることしかできない。それにもし、もしも、彼女に出逢うことが叶ったとて、私は言葉もなく立ち尽くすことしかできないだろう。
 ──ただ、この点において件の童話と自分の境遇とを重ねてしまったに過ぎない。帝国の将来のためと銘打って、彼女を見張るように言いつけられた私は、ずっと彼女を見守ってきた。それこそ彼女が産まれ落ちた瞬間から。だが我が身は帝国の礎となる物、そう覚悟を決めて諦めていたのだ。
 任務で出向いた天敵の巣窟で出逢った彼女は、私が恋い焦がれた太陽そのものだった。元来戦うべき相手である虚、破面を我々から救うために敵地へとやってきたやさしさ。未知の敵でしかないこちらを見詰める気丈さ。そしてその刀の切っ先をこちらへと向ける勇気。
 ──嗚呼、息苦しい。
 どうして私は貴女と剣を交えねばならないのか。すべてを手放して、貴女の前に跪いてしまいたい。
「そんな怖い顔すんなって。美人が台無しだぜ?」
「なっ!?」
 間の抜けた声を上げて距離を取る。鼓動がうるさい。
 今彼女は何と言った?
 落ち着け、私。落ち着くのだ。
「……ふ、ふふ。甘言で懐柔しようなど……陛下の駒でしかない私には無意味です、」
「そういうつもりじゃねぇって。ホントにあんた、美人だよ。……心配になるくらい」
「敵に対し、よりによって『心配』とは。ほんとうに貴女は甘い」
 態とらしく嘲笑すれば、彼女の表情が曇った。そしてぼそりと、「まじで分かってねぇのかよ……」と呟き頭を掻く。
 だが次の瞬間には容赦なくこちらへと切り込んできた。鍔迫り合いの最中、彼女が私に向けて囁くように言う。
「……なぁ、倒されてくれねぇか。そうすればあたしがあんたを、護ることができるようになる」
 ──嗚呼、なんて眩しい。
 皆を祝福する筈の陽光の下に打ち上げられた人魚は、声も出せず、自由に歩くことさえままならない。
「ッ護っていただかなくて結構!」
 不器用な太刀筋で彼女の斬魄刀ごと押し返す。これまでの自分を全否定されたような気分だった。「お前は弱い」と、言われたのと同義だ。ずっとその言葉を拒絶して生きてきた。男性ばかりの騎士団で生き残るためなら、帝国が切り捨てた古い技術だって身につけた。それなのに、貴女は私の滅却師としての生命を、此処で断ち切れと言うのか。
「好きだ! こっちに寝返ってくれ!」
「えっ?」
 切っ先が緩む。間抜けな声も自覚している。自分が思い切り赤面し、ぽかんと惚けた顔をしていることにも気づいている。それでも。
「──嬉しい……ッ」
 生娘のように両頬を押さえて悦びの声を上げる。軍刀は霧消していた。全面降伏である。対峙した彼女がほっと息を吐くのが分かった。
 「隊長」「いけません」と、私を呼ぶ声が彼方此方から聞こえる。だがそんなことはどうでもいい。女性同士の戦闘に入り込む勇ましさすら持てぬ男共など、私の世界には必要ない。それよりも、ひとりの女性として自分の夢が今まさに叶おうとしている事実のほうが大切だった。
 軍人としての矜持など、捨て去ってしまおう。国を裏切るのだ。いつか見た童話のように、叶わぬ恋に泡沫へと消えることになることも想像に難くない。だが、貴女が護ってくださると、そう仰ってくださるのなら、ひとりの女性に戻ろう。
 帝国軍人でも隊長でも”J”でもない、キルゲ・オピーとして、彼女──黒崎一護の胸に飛び込んだ。

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にょた一キルへのお題【例えば君の運命の人が。/君を愛するのに、根拠なんて無い/君と出会ったあの日は確か、】
https://shindanmaker.com/287899

「あんたと出会ったあの日は確か、あたし生理だったんだ」
「ほう、奇遇ですねぇ。私もです」
 ベッドの上に各々雑に寝転びながら言葉を交わす。
 あたしは英文法書を仰向きで、キルゲは何か分厚くて大きい歴史書みたいな本をうつ伏せで読んでいる。真面目か、あたしら。
「ふたり揃って女の子なんだよなぁ」
 ぱたむと、重い本を閉じる音が聞こえて視線を下にずらせば、キルゲがこちらを見つめていた。今はあの怪しげな雰囲気の色眼鏡は掛けていない。うん、やっぱりこっちのがいいよ。すごくかわいい。いや掛けてても全体的に端正な顔してるのは判るんだけどね。……でも周りの男子共が放っておかなくなるだろうから、彼女にはあの胡散くさいスタイルでいてもらったほうがいいの、かも。う~ん、もどかしい、むずかしい。
「どちらかが男性だったなら、などとお考えですか」
「べつにそういうわけじゃねぇよ? いざとなったら浦原さんあたりに、あたしらの遺伝子掛け合わせた赤ちゃん産めるようにしてもらえるし」
「倫理的に赦されなさそうな案ですねぇ……」
 あたしは、「いーの!あたしが許す!」と英文法書を勢いよく閉じて跳ね起きた。
「ただ、さ……例えばあんたの運命の人が、あたしじゃなかったとするじゃん。神さまなんて居ないけど、それに近い立場のやつが『女同士など非効率的だ、けしからん!』みたいに言ってきたら、なんて言い返してやろうかって思っただけ……ッ!? なに、なんで泣いてんのっ?」
 ぐすぐすと洟を鳴らしながら、涙を手の甲で拭っている一回り以上年上の恋びとに、思わず声がひっくり返ってしまった。
「私たち、運命の人、ではないのですか……?」
 碧い瞳が今にも蕩け出そうな滂沱の涙にたじたじだ。最中はぼろぼろに泣かせるし啼かせるけど、狙ったものではない彼女の涙には弱い。誰だって恋びとが不意に泣き出したら狼狽えちゃうだろ?
「例えばの話! 運命の人に決まってんじゃん!」
「女性同士なのに……?」
「あんたがそれ気にしたら、あたしら世界につぶされちゃうよ。ふたりで手を取り合って、それでやっと立ち向かえるのに」
「ごめんなさい……」
 しょんぼりと肩を落とすキルゲににじり寄る。ベッドのスプリングがギシリと音を立て、最中を想起させられる。それは目の前の恋びとも同じなのか耳まで紅くなっていて。思わず『美味しそう』と口から転がり出そうになったのを慌てて呑み込んだ。ちがう、いまはそうじゃない。
「あのね、たしかにあんたはあたしの明確な敵だったし、こっちとしては一目惚れで、それはそれで不安もあったよ。後で訊いたらあんたはずっとあたしを見守ってたって言うし。でもさ、そんな何もかもちがう自分たちだからこそ、磁石みたいに互いに惹かれ合うんだと思う」
 涙がふと途切れた。代わりにじわりじわりとキルゲの顔に喜色が滲んでいく。
「惹かれ合う……それって、運命ではないですかっ?」
 乙女心のアクセル全開でキルゲが言う。彼女の裡には長い間仕舞い込んできた乙女である彼女自身が住んでいて、乙女心にはターボまで搭載している。それが一度発動してしまえばもう大丈夫。
「だから言ってんじゃん。運命だって」
「もし他者に運命ではないと言われても跳ね返す勇気が持てました。ありがとうございます、一護さんっ」
 あの日からは想像もつかない屈託のない笑みでそう言われてしまえば、こちらも嬉しくなるというもの。
「ですが、いったい私などの何処に一目惚れしてくださったんです?」
「んー、まず全体のシルエット。純白の軍服と黒髮とのコントラスト。毛先まで手入れの行き届いた髪、を翻して戦う勇ましさ。謙虚な姿勢。間近で見た碧い瞳の美しさ、」
「ちょ、一護さん。止めて、くださぃ……」
「止めねぇよ? 冷静な判断能力。多弁は銀、沈黙は金。指先の動作まで優雅なところ。任務に真摯に向き合うひたむきさ。……って、挙げ出したらキリがねぇな。ま、逆にあんたを愛するのに、根拠なんて無いとも言える。だってそうだろ?ここまで挙げ連ねた理由が無くなっても、あんたを愛せる自信しかねぇからな」
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もふもふもふんさんには「大人は泣かないものだと思っていた」で始まり、「今日も空が青い」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば10ツイート(1400字)以内でお願いします。
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大人は泣かないものだと思っていた。
 俺がここで言う”大人”は、『理性的で、知性に溢れてて、きちんと己を律することが出来る人』だとか、なんというかこう、そんな感じの意味だ。つまり何が言いたいのかというと、いま俺の腕の中でくすんくすんと洟を鳴らしているこいつ──キルゲは、思えば出逢った頃は随分と”大人”だったんだなぁと、ただそれだけのことだ。
 きっかけは俺の些細な小言だった。いつも閉め切られたままの窓の方を見て、ふと「たまにはカーテンでも開けて、外の景色にも意識を向けてみるのはどうだ」と言って行動に移した途端。ご機嫌に積み木で家の形を作っていたキルゲが、俺を見上げて一瞬の後ほろりほろりと、その碧い瞳が溶けだすんじゃないかと心配になるくらいの大粒の涙をこぼしだしたのだ。
 ただ、キルゲをここに閉じ込めている俺の罪悪感からまろび出た言葉で、閉じ込められている自覚があるのかないのかすら判らない程に幼くなってしまったキルゲ本人が泣き出すとは思いもしていなかった。だが泣いているキルゲを抱きしめてあやしてやりながら、それもそうか、と納得もした。涙に気付かされた。
 いつものあの人に頼んで創ってもらったこの空間はいかにもワンルーム然とした部屋で、退行しているキルゲの手の届く範囲にだいたい欲しいものがある、そんな一人暮らしにぴったりな場所だ。だが、結局は外の景色ですら、すべて作り物。俺が現世から持ち込んだ絵本や玩具、幼児用の教材、そして現にここに住んでいるはずのキルゲという人物ですら、ここの座標がリセットされれば最初から無かったものということになるのだろう。
 そういった事実を、俺はキルゲに説明していない。それでも、元々とても聡いひとだ、子どものようになった今でもなんとなく感じ取っていたのかも知れない。自分は『生かされている』と。そしてその気付きを見ないふりして、或いは気付いてもその悟りの意味を幼さ故に理解できず、曖昧な不安に日々脅かされていたのだとしたら。
 俺はキルゲの、日に日に痩せていってしまう身体を更に強く抱き寄せた。そして彼と同じようにぐすっと洟を鳴らす。そうすれば、キルゲは微かに震える声で俺の名を呼んでくれた。「いちご……?」と舌っ足らずにそう呼ばれると何故か目頭がより熱くなる。
 抱きしめるというよりは最早縋りついているような姿勢で、俺はキルゲに謝罪を繰り返した。

「わるかった……!ごめんな、恐かったよな」

「どうしたの、です。いちご?」

 俺がいつもしてやるように、俺の背を優しく撫でて、あやすように額にキスをくれる。その一挙手一投足が愛しくて、そして自分のエゴのどうしようもなさが悔しくて、涙が止まらない。
 これでは、どちらが大人か分からない。本来の齢的にはこの状態が自然なのだろうが、それでも、見上げたキルゲの瞳は何処までも幼気に澄んでいて。俺は涙を拭って身を離した。

「……なんでもねぇよ」

「だいじょうぶ。いちご、だいじょうぶ。ですよ」

「っ!」

 言いながらもう一度抱きしめられる。俺の背中を、安心させるように、とん、とん、としてくれながら、キルゲは「大丈夫」を繰り返した。大丈夫な筈がないのに。今すぐ泣きじゃくって、助けてと声をあげたいだろうに。その不安を抑え込みながら、勝手に彼を閉じ込めて勝手に泣いている俺の心配をしてくれる彼に、縋るしかなかった。
 嗚呼。作り物の空は、今日も白々しいくらいに青い。

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