Zimmerschlüssel

R18ご注意。



「せっ……しないと出られないだぁ!?」
紙面の文を目にした俺は顔を真っ赤にして叫んだ。
窓のない真っ白な部屋に、簡素な扉が一枚。そこには一枚の紙が貼られていた。突然意識が途切れて気づいたらここに居り、そしてこの理不尽極まりない文言である。照れもあるがそれ以上に怒りで顔に熱が集中する。無駄だろうとは思いながらも、取手をがちゃがちゃと鳴らしてしまう。その三歩程後ろでは、同じく閉じ込められたらしいキルゲが溜息をついていた。








「…で、どうするよ」
とりあえず、自分と同じ被害者であるはずのキルゲに話を振ってみる。当のキルゲは滅却十字を輝かせながら淡々と答えた。
「どうするも何も、敵と行為に及ぶくらいなら死を選びます」
「はぁ? ちょっ! やめろって!」
しかしキルゲの手元で剣を形作るはずだった光は、結晶化することなく消えてしまった。
「…やっぱりな」
うんうんと頷く。何か言いたげなキルゲの視線に、俺もそうなんだよ、と堂々とのたまう。
「さっきから全っ然霊圧が湧いてこねぇ。諦めて、その紙の言う通りにしなきゃならねぇんだろう…」
自分で言っていて悲しくなってくる。
「そうは言っても、同性同士でどうしろと言うのですか」
「え゛っ…そりゃまぁ…やれないこともないとも言えなくはないというか…」
ぎょっとしながら言った。まさかこの問題の基礎の基礎を、大の大人に訊ねられるとは思わなかったからだ。年若い自分ですら多少は持っている知識を知らないと言う彼に、事実をそのまま伝えても良いのかと少し躊躇ってしまう。そんな煮え切らない俺の言葉を聞いて、キルゲは小首を傾げた。
「やけに持って回りますね」
「ていうかマ・ジ・で、知らねぇのかよっ」
「はい」
至極当然のようにあっけらかんと首肯する。嘘をついているようには見えない。というか、この状況でこんな面倒くさい嘘をつく意味が分からない。そのため、この場はキルゲの言葉を飲んで話を進めることにした。
「出るにはヤれっていうんだから…できるんだろ」
「ほう。どのように?」
「えっと……って言わせんな! セクハラだぞおっさん!」
自分の身を掻き抱いて後ずさる。が、キルゲはそんな俺のリアクションには目もくれず、扉の紙にまじまじと目を通している。そして。
「本当に出られる方法であるのなら、試してみるべきかもしれませんね。」
ふぅむ…と顎に指をあてて唸った後、毅然と俺に向き直って言った。
「本気か?」
覚悟を決めたようなキルゲの言動に、思わずじっと彼を見返す。
「え、えぇ。この文が事実なら、ですよっ」
途端に頬を染めて狼狽えるキルゲを見て、ちょっと面白いなこのおっさん、と思ってしまった。何となくもう少しだけからかってやりたくなり、相手との距離を詰める。
「じゃ、あんたの言う通り試してみるか」
「えっ、ちょ」
「あんたから誘ったんだからな。俺もよく知らねえけど何とかなるだろうよ。」
「ど、どこ触って…こら、やめなさいっ」
腰に腕をまわすと、その腕をキルゲが掴む。先程まで冷静沈着を保っていた表情が、焦りに翻弄されるのを見て思わずほくそ笑んだ。
「ヤってみるべきなんだろ?」
「出られるという確証が無いではないですか」
「あんた自分の言ったことに責任持てよ。可能性があるんだからやるべきって言ったじゃねぇか」
ぎりぎりと腕を掴まれつつも言葉で追い詰めようと口を動かす。しどろもどろなキルゲが面白く、自分たちの置かれた危機的状況など忘れかけていた。ただもうちょっとからかってやりたい、ただその一心だけだ。
「こ、心の準備と言うか…っそれよりも、よく敵と行為に及ぼうとできますね」
「だって出られねぇんじゃ困るだろ、お互い。俺だって異性とすらまだなのに、おっさんとせっ…とかちょっと泣きそうだよ」
「では諦め「ない。」
殺風景な室内にお誂え向きにぽつんと置かれていた馬鹿でかいベッドに向けて押し倒してみた。キルゲが呆気にとられている間に衣服を脱がせようとぎこちなくボタンに手をかける。そこで一旦手を止めてキルゲを見下ろす。もっと抵抗すると思っていたのに、拍子抜けしてしまう。
「…受け身だな。このままだとあんた、挿入れられる側だぜ。いいのか?」
「は、いれられる?」
「マジで知らねぇんだな。まー俺も聞き齧った程度だけどさ。男同士は…ここ、使うんだと」
服の上からそこと思しき場所に膝をあてる。
「ひッ! あ、そんな…嘘、でしょう」
「まじだって。でもそのままだと痛ぇから解さねーといけないらしい」
呆然とするキルゲを、俺は妙に冷静に見下ろしていた。自分より焦る人を見ると逆に落ち着くというあれだ。こうなると途端に肝が座るのが俺という人間である。
扉の文言を反芻する。「セックス」しなければ出られない。と言う事は挿れるだけでもいいのかもしれない。だが、どうせ最後までしなければならないのなら、少し遊んでやろう。俺の頭には自分が挿れられるという考えなど端から無い。かと言って絶対に自分が挿れる側であると考えていた訳でもなかったが、今はさて目の前の男をどうからかってやろうかという事ばかり考えていた。
一転して淀みない動作で制服を脱がしていく俺を、キルゲは絶望を含んだ目で見上げた。
「や、やめてください、このような事、許されるはずが無い…」
「誰に許しを乞うってんだ。いいか、俺もあんたも、ここから出るにはこれしかねぇんだよ」
軽く笑って眼鏡を外してやる。瞳を覗き込んで諌めるように言うと黙り込んでしまった。お構い無しにインナーのジッパーを下げて素肌を曝させる。日に当たることの無い胸板は、思っていたよりも白くきめ細やかだった。いかつい体格とのギャップに思わず噴出する。
「っふ、」
「な、何を笑っているのです。」
「いや、悪い。案外きれいなもんだなぁって思ってよ」
「はぁ?」
心底侮蔑的な視線が向けられた。だが今の俺には逆効果だった。自分の下に組み敷かれた状態では、冷ややかな目線も強がりにしか見えない。むしろ落ち着き払ったこの仮面を剥いでやろうという意欲ばかりが湧いてくる。
「ほら、ココなんかピンクだし。男でこれは珍しぃんじゃね? 肌だって生白いし」
わざと煽るように言う。薄桃色の縁を指先で撫でるとキルゲはふいと顔を背けた。その顔が泣き出しそうに歪んでいるのを見て、少し正気に戻る。
「あ、えっと…」
「…やるならさっさと終わらせなさい。このような戯れなど必要ないはずです」
腹をくくった、と言うよりはヤケになっている。そんな口調だ。だが、彼の目元が少し潤んでいるのに気付く。別に泣かせたい訳ではなかった。からかってやりたいのは事実だが、ただ少しだけ、少しだけ常の冷静を取り払ってやりたかっただけだ。セックスだって、こんな心理状態でするものでは無いと思っている。だから、なんとか泣き止んで欲しいと、懸命に言葉を選ぼうとした。
「…ごめん! 調子に乗っちまった。あんたがあたふたするのがその…えと……可愛くて!」
自分の口から出た言葉に耳を疑った。キルゲも濡れた目尻はそのままに、ぽかんと俺を見上げている。とても居た堪れない空気が二人を包む。なんとも気まずい沈黙を破ったのはキルゲだった。
「ふふっ」
「な、なんだよ」
「可愛い、などと言われたのは生まれて初めてですねぇ」
「あ、いや、」
「お世辞でも他にあったでしょうに」
「う、嘘じゃねぇよっ」
一瞬きょとんとしたあと、本格的に笑い始めるキルゲ。はだけられた衣服もそのままに、腹を抱えて軽く身を捩っている。何の屈託もないその様に、笑いものにされた事に怒るよりも、こんな笑い方も出来るのかと今度は俺が呆気にとられてしまう。
「貴方の方が余程、可愛らしいと思いますよ」
笑い過ぎたのか或いは先程の名残か、キルゲは目尻を拭いながら言った。
「可愛くはねぇよっ」
「あぁすみません。年頃の男子に失礼でしたね。愛くるしいとでも言っておきましょうか」
「っだから!」
言い募ろうとする俺の首に腕が回される。ぐいと引き寄せられ、言葉に詰まる。目の前には碧の瞳。
「っ! …ぁにすんだよっ」
「…で?」
「ん?」
「…その…続きは、なさらないのですか…?」
「あ、う、うん…するか。」

お互いに気持ちよくなれなければセックスではない、とこれまで俺は思ってきた。いざその時が来れば、今まで得てきた知識を総動員して相手も自分も気持ちよくならなければならない、と。そして、非常に不本意ではあるが、今が「その時」のようだった。
しかし何から始めるべきか。先ずはキス、とも考えたが何か違う気がしてかぶりを振った。そんな俺をキルゲは不思議そうに見上げている。何となく決まりが悪い。とりあえず、自分の所有するその手の本を参考にすることにした。キスはこの際パスして、先程も触れた胸の飾りに再度そろりと指を這わす。
「…どうだ?」
「くすぐったいです」
白手袋の手を口元に当ててくすくすと笑っている。
「えぇー…」
彼の反応に少し凹んだが、まだ始まったばかりだと気を取り直す。今度は指の腹を使って捏ねるような動きにシフトしてみる。
「んん…」
「気持ちいいか?」
「いえ…というか、そういう事はあまり訊ねない方が、良いと思いますよ」
「余裕ありありだな…」
「それに、そこに触れることは必須なのですか」
「そうだ。気持ちよくなきゃセックスじゃねぇ!…と、思う」
己の信条を少しだけ披露すると、小さな溜息をつかれた。気持ちよくなんかなるわけない、と言外に宣言されたようで、俺は余計に意地になった。こうなったら絶対啼いてもらおう。
さて次はどうするのだったか。頭の中でページを捲る。そして、あれをやるのかと少し戸惑うが、もう触れているのだし今更だと自分を奮い立てた。
キルゲの胸元に顔を寄せ、思い切って舌を使う。予期した程の嫌悪感はなかった。控えめに主張しているそこをぺろりと舐め上げると、キルゲの肩が跳ねた。その反応に少し気を良くした俺は、今度は舌先と唇でちゅくちゅくと音を立ててしゃぶり始める。キルゲは俺の思い切り過ぎな行動に慌てた。
「や、やめなさいっそんなところ!」
「ひもひいいか?」
「気持ち良くなんか…!ぁっ」
じゅっと吸い上げると、キルゲはひっくり返ったような掠れた声を上げた。そんな自分の声に驚いたのか、何度も目を瞬かせている。
一旦身を起こし、得意気にキルゲを見下ろした。
「良さそうだな」
反応してんじゃねぇかと揶揄すると、貴方こそ、と返される。
見れば、俺のそこはほんのりと膨らんでいた。
「もしや貴方…同性愛者なのですか」
「違ぇよ!」
口元に手を当てて、信じられないものを見るような目で見上げてくるキルゲに、声を荒らげた。
これは別に相手の痴態に興奮したわけではなく、「初めて」というある種異常な状況に昂ぶっているだけだ。そうでなきゃおかしい。相手は元敵で男でそもそもおっさんだ。自分はノーマルのはずだ。それに、どうせ勃っていなければ後々困るのではないか。このまま流れに乗ってしまった方が得策だろう。などと懸命に自分に言い聞かせる。
事実ノーマルの俺はここから先にどう進めていくべきなのか分からなかった。脳内の教科書によっては、相手の体中を舐りまわしたり、お互いの性器を愛撫し合ったりといったステージもある。だが、それを目の前の男相手に提案するのも実行するのも俺にとって至難の業だった。 そもそも男性相手にそのような行為を施す事にモチベーションを見出だせない。どうしたもんかと、相手の胸を捏ねくり回しながら考える。
「…今思ったんだけどさ…」
「ん…はい?」
「ちょっとは協力してくれねぇか?さっきから俺ばっかり頑張ってる気がする」
「そう、ですねぇ…」
「今度はあんたに譲るよ、準備」
「…了解しました…何をすればよいのです?」
ずっと受け身になっていることに違和感があったのか、俺の物言いをキルゲは意外とすんなり受け入れた。
「次はあれだ多分……う、うしろ」
「後ろ?」
「さっきも言っただろ。解さねぇとだめだって」
「…………まさか」
「そのまさかだ。あんただって、俺に見られるより自分でやったほうがいいだろう?」
「それは、そう、ですけど」
「だったらほら、これ使って解せ」
ご都合的にベッドサイドに置かれていたボトルを渡す。
「もしかして……私が女性役なのですか」
「今更すぎだろそれ。これまでのあんたの態度からしてよ。それに、俺は犯されるのなんて死んでもゴメンだ」
「同感です」
きっぱりと言い放ったキルゲに、両人差し指をこめかみに押し当てて唸った。そして考え込む。致さなければ出られない以上、ここでふと立ち止まって常識を振り返っているのははっきり言って無駄だ。何とか丸め込んで早いとここの気まずい空間からおさらばしたい。くそ真面目な相手を説得するには、尚且つ自分が掘られずに済むには、どうするべきだろうか。
「ん゛ーーー…任務だと思え。それぞれの役割をこなさなきゃここからは出られねぇ。一人が挿れてもう一人が挿れられればミッションコンプリートだ! そんでもってさっきまでのあんたの振る舞いはどう見ても挿れられる側のそれだった。今更立場を変更するよりこのまま進んだ方がスマートだろ!?」
苦し紛れに捲し立てビシィっと指を突きつける。自分はなぜ敵のおっさんとセックスするために一生懸命になっているのかと思うと頭が痛いが、これは脱出のための努力だと自分に言い聞かせる。キルゲは物凄く納得のいってなさそうな複雑な表情で、手渡されたボトルと俺を見比べた。
「………確認ですが、私を貶めようとしている訳ではありませんよね」
「嘘かってことか? んな訳ねぇだろ、俺も被害者だぞ」
「…分かりました。では、絶対に、見ないでくださいね」
「お、おう。」
なんとか丸め込む事に成功したようで、俺はひと仕事終えたようなきもちで返事をした。同時にこんなにちょろくて大丈夫なのかと心配になった。
あぐらをかく俺の背後で、ベルトを外す音が響く。するすると衣擦れの音がした後、ボトルの蓋が鳴った。そして、にちゃりという粘着質な音。それらをただ聞いている俺の心臓が、何故か早鐘を打った。
「うぅ…」
キルゲが心の底から苦痛そうな声をあげる。
「だ、大丈夫か」
「私、粘ついたものとか苦手なんですよ」
余裕そうな声が返ってきて少し力が抜けた。
「まだ入れてなかったのかよ」
「うるさいですねぇ。…そんなに早くしたいなら代わってくださいよ」
「断る」
「はぁ…」
あからさまに溜息をついたあと、ついに覚悟を決めたのか、背後でキルゲが息を飲んだ。
「…………ッん、」
「…入れたか?」
「は、ぃ」
「よ、よし。次はゆっくり抜き差ししろ」
脳内の教科書を参考にそう指示を出すと、微かな水音が聞こえてきた。割り切っているのか、やけに従順に従っているようだ。背後から響く何とも淫靡な音に、耳も塞いでおいたほうがよかったのではと思う。
「ッ…ぅ…」
「息は詰めちゃだめだ。ゆっくり呼吸して脱力しろ」
「ん、はぃ…」
「どうだ? 痛かったりしないか?」
「…きもちわるぃ、です」
「そのうち慣れる、はずだ。スムーズに動かせるようになったら一本指を増やしてみろ。ゆっくり、な」
「りょう、かい…」
キルゲの格式張った返答に少し苦笑してしまう。そのまましばらく待っていると、次第に水音が大きくなってきた。
「ふぅ、ぁ…」
「よくなってきたか」
「そんなわけ…、ない、です…んんッ」
訊ねなくても、声を聞けば分かる。初めての感覚に対する戸惑いの方が勝っているようだが、ひとまず軌道に乗った。そう俺が安堵の息をついた直後、キルゲが上擦った悲鳴を上げた。
「ぅ…ぁあ゛ッ?」
「えっ?」
「あッ! …なに、これぇっ、んぁッ」
「ど、どうした」
尋常ではないキルゲの様子に、思わず振り向いてしまった。キルゲはぺたりと座り込んだ状態で、前のめりになって手をついていた。右手はズボンを中途半端に脱いだ足の間、つまり後ろの窄まりに伸ばされている。
「あ…みないでっ、みないでくだ、さい…ぃッ」
そう言われても放っておけないのが俺である。すぐにキルゲに寄って背中をさすってやる。一応顔を背けた状態でだ。手探りで彼の右手首を掴んで、後ろから指を引き抜く。その刺激にもびくりと反応するのを手で感じて、目を丸くした。先程までは、明らかに感じているふうではあったものの、強がるだけの気力があった。それがどうだ。今彼はこちらに身を預けてはくはくと浅い呼吸を繰り返し、未だ快感の余韻に弄ばれ身を震わせている。何とも弱々しいキルゲの様子に、これが本当に自分と戦ったあの男なのかと、自らの腕に抱いた存在をまじまじと見つめてしまう。
男性にも気持ちいい箇所があると何かで見た。なんでも女性と同じかそれ以上の快感を得られるという話だった。キルゲの急変は、おそらくそこを刺激してしまったためだろう。先程の混乱を見るに、そんな位置があることなど知らなかったのかもしれない。なし崩しでここまで持ってこられたのも、彼の知識不足のおかげだ。下手をしたら男女間での方法にすら疎いのではないだろうかという疑念が頭を過る。この年で(正確な年齢は知らないが)まさかそんな、とは思いつつも、そうであっても違和感がないなとも思ってしまう。
そんな失礼な事を考えながら、しばしの間彼の背をさすってやる。
「…治まったか?」
「…はい。申し訳ありません、見苦しいところをお見せしてしまいました…」
「いや、見苦しいとかじゃあねーけど…、」
むしろ、信じられない事に俺のそこは既に臨戦態勢だった。痛いほどに主張しているのが衣服の上からでも分かる。自分は決してそういう趣味ではないはずだと自負しているが、音声のみでじわじわと煽られた挙句、彼の普段とのギャップを見せられて、なんというか、グッときてしまったようだった。
「……ずりぃよ」
「は、ずるい…?」
「何か…挿れたく、なっちまったじゃねぇか」
俯いて声を絞り出す。ノーマルを自負している俺にとって、この告白は自分の価値観を揺るがすのに十分なものであった。 正直なところ、少し前までは遊ぶ事と脱出する事を主目的としており、挿入するところまではそれほど深く考えていなかった。実感があまり持てなかったのだ。しかし、今。目の前の男の声、姿に感じてしまっているのは紛れもない事実だった。こいつを犯したい、そんな思いが確かに生まれていた。
「……それは良かった」
キルゲの言葉を聞いて、顔を上げる。
「私の醜態で気を悪くされてはいないかと心配だったのです。それだと任務遂行は困難になるのですよね?」
「……い、いい…のか? あんた、犯されるんだぞ」
恐る恐る訊ねれば、こっくりと頷かれる。
「ここまで来ておいて引き下がるほど、臆病なつもりはありません。」
こちらの目を見据えてそう宣言し、キルゲは手を俺の手にふわりと重ねた。
「ですが、どうかお手柔らかに」
「…お互いにな」
何と言っても初めてなのだ、恐らくは二人とも。

「…ッ」
「つ、つらいか」
おっかなびっくり訊ねれば微かに首肯される。目を閉じて浅く呼吸を繰り返し、言葉を発する余裕も無いようだ。キルゲの後孔は俺自身を強く締め付けてきており、まさに抜き差しならない状態である。このままではお互いに苦しい。どうにか彼の苦痛を軽減できないものかと必死に頭を使う。そこで彼の中心に目が行った。男性が即物的な快感を得られる場所。その快感で苦しみを相殺できないだろうか。
萎えている彼の中心に触れ、慎重に指を絡めてあやすように愛撫してやる。
「あ…ッそこは…!」
躊躇いは無かった。
男性同士で体を重ねているにも関わらず、先程から目立った不快感がなく、俺は今度こそ自分の価値観が崩れていくのを感じた。だが、他の男性と同じような事になっても、今のようなある種穏やかな心境でいられるかは疑問だった。今自分の下で苦痛と快感に喘ぐ彼が誰か別の男性でいいとも思えない。なぜだかは自分でも分からないし分かりたくもないが、彼の肌に触れることに対する戸惑いよりも心地よさの方が勝ってしまっている。彼を気持ちよくしてやりたいと思えてしまう。
本人の意志とは裏腹に素直に反応を示すそこを少し可愛いとすら思った。しかし、もう少し硬度を上げてやろうと思ったところで、手を弱々しく押さえられてしまった。
「ぁっ平気、です…から…どうぞ、動いてくださぃ…」
「…分かった」
前を愛撫したことで後ろからいくらか力が抜けた。そのタイミングを逃さないよう胎内に己の中心をゆっくりと押し込んでいく。粘膜の緊張と柔軟さによって自身をダイレクトに刺激されて腰が引けるが、堪えて抽挿を何度か繰り返す。ついでにローションの残りを注ぎ足し、胎内に送るように腰を動かしていくと、次第に動きやすくなってきた。律動を徐々に早めながら、あの場所を探す。
「…なに、を…ッ…しているの、です…?」
探るような動きに気付いたのか、キルゲが問いかけてくる。
「んー、あんたの、イイところ?、を探してんだ。ほら、さっきよさそうだったとこ」
「なっ! 不要です…ッ!」
「必要だって。あんた今、苦しいだけだろ? 」
「…それで、いいです」
「よくねーんだ、俺が。俺だけが、気持ちいいなんてな」
「……気持ち、良いのですか」
「ん? おう、まぁ、な」
どこか唖然とした様子で呟くキルゲに、頷きを返した。照れくささは依然として残っているが、今更返事を躊躇ったところで意味がない。彼の身体で感じていることは、俺のそこが痛いほどに主張しているからだ。
「だからアンタも、気持ちよくなってくれよ」
「し、しかしですねぇ………ぁんんっ!」
拒否の言葉を打ち消すように大きく腰を打ちつけると、キルゲの口から思わずと言った様子の嬌声が零れ落ちた。
咄嗟に手で口元を押さえたが、俺は聴き逃さなかった。
「ここか…」
ようやく見つけたそこを狙って一旦抜こうとしたところで、俺の腰をキルゲの脚ががっちりとホールドしてしまった。何事だと顔を上げると、切羽詰まった表情のキルゲと目が合う。
「目を、閉じていてください。できれば耳も、塞いでいただきたい。」
「今更無茶言うなって」
「…後生、ですから」
「……じゃ、目だけな」
あの高飛車な男が下手に出て自分に頼み事とは、悪くないなと思った。先程はそうでもなかったのだが、ここまで来てしまうと再び悪戯心が頭を擡げはじめてしまい、彼のお願いを却下してやりたくなってきた。とは言え、自分が女側として感じているところなど、見られたくない気持ちは物凄く分かるので一応譲歩してみる。
実際に瞼を下ろして黒い視界を眺めていると、腰に絡んだ両脚から力が抜けた。
それを見計らって抽挿を再開する。弱い所を重点的に狙えば、甘い声がひっきりなしに上がった。
「ぁ、はぁ、あっ、あっ!なん、で、大きく…っ?」
「…なんつーか…あんたの声、やばい。えろい。」
「は、何言ってぇ…ぁああッ!」
「それだよ、それ…!」
腰を打ちつければ堪えきれずにあふれ出る嬌声。いくら目を閉じていようと、その声を聞けば相手の姿を思い浮かべてしまう。むしろ見えないからこそ想像が掻き立てられ、脳内にある清冽な彼のヴィジョンを直接汚しているような感覚を覚える。その背徳的な行為に昂りを抑えられない。 自分が自分でなくなるような感覚がして、背筋を冷たい汗が伝い落ちる。相手を気遣う余裕すら無くなってしまいそうで、必死に理性を手繰り寄せようと足掻く。
「っ名前、呼んでくれ…!」
「…ぇ」
「俺の名前…!!」
「く、黒崎…一護、」
そうだ。あの戦いのさなか、俺を呼んだ怜悧な声。俺の名を呼ぶ時、熱に浮かされた彼の声が、ほんの少しだけ普段の冷静さを帯びた、気がした。
この真っ暗闇の快楽の中で、俺を俺でいさせてくれる唯一の存在。
俺が主導権を握っているようで、そうじゃなかったんだと思い知る。
俺を乱すのも、現実に引き戻すのも、どちらも彼次第なのだ。
悦楽と冷静の境界線上で、くらくらと揺れる。
「もっと…!」
「一護、は、ぁ、い…いち、ご…!」
ふと、手に仄かな暖かみが灯る。手を重ねられたのだと気づくのに一瞬を要した。
「あっ、んん、いち、一護ぉ…こわい、です…!」
手を握り返す。縋っているのは、一体どちらなのか。
だが、未知の快感に翻弄されて溢れ出た彼の本音を、無下にしたくはなかった。怖いのは俺も同じだが、気遣うべきは相手の心と体だ。必死に言葉を紡ぐ。
「大丈夫…俺がいるから…ッ」
「…っいちご、目をあけてください」
「い、いいのか…?」
突然のお願いに戸惑う。だが、ここに至ってキルゲの言葉を拒否するという選択肢は俺の中には無かった。
目を開く。何よりも先に、こちらを見上げる深い碧色に視線が行った。
目が合うと、キルゲはいたずらっぽく微笑った。
「ふふっ、ほんとうだ。こわく、ない」
キルゲの真意が掴めず、律動を止めて彼の瞳を覗き込む。
少し態勢が変わった為か、キルゲが悩ましげな吐息をもらした。
「…貴方の瞳、暖かくて安心します」
「俺も、あんたの目見ると、安心する。冷静になれる」
「………それは、気がそがれると言うことですか?」
キルゲがただでさえ下がった眉尻をさらに下げる。
「いや、そうじゃなくて。いつもの俺でいられるって意味」
「良いことと受け取ってよろしいのですね?」
「おうよ」
「…ありがとう、ございます」
そう言ってキルゲは誘い込むように腰を揺らした。
彼に限って手練手管があるとは思えないので、恐らくは無意識に取った行動だろうが、俺を煽るには十分すぎた。
ずくりと腰のあたりが疼く。
キルゲの白い肢体を見下ろしながらじっくりと腰を進める。
「ふぅっ、あん、」
「きもちいいか…?」
「…はぃ、、きもちぃ、ですぅ」
「ふは、急に素直だな。何でだ?」
「あっ、ぁ、わ、わかりませんん…!」
俺には何となく理由が分かってきていた。俺の中の彼への思いが変わったように、彼の中の俺に対する思いも変化してきているのではないかと。
俺の心に確かに芽生えたこの気持ちは、同じ恐怖や境遇を共にした相手への一種の親近感のようなものかもしれない。
だが確かに感じているのだ、彼のことが可愛い、恋しい、彼が喜ぶことをしてあげたいと。
だからこそ今、お互いに求め合っているのではないだろうか。
律動を速めると、キルゲの足先がびくびくと宙を蹴る。
限界が近いのだろう。中心に指を絡めて扱いてやると素直に反応を示すそこが、今では可愛くて仕方がない。
「ぁああッ、そこ、だめ、だめぇ、あん!」
言葉ではそう言っても、体からは抵抗の意志が見えないので遠慮なく愛撫を続ける。
「あ、も…だめぇっ!なにか、来る…きちゃいますぅ…ッ!」
「おう、イっていいぜ…!」
「ぁんん…いちごぉ…!ぅあっ…あっ、ああ、ぁ……ーーーーッ!!」






「スミマセェーン。座標を間違えて転送しちゃったみたいでぇ。しかもロック機能が暴走しちゃいまして、開けるのに時間かかっちゃいましたぁ。って、あらあら」
物凄い説明口調で現れたのは浦原さんだった。
「ホントは涅さんをお呼びする予定だったんですが、よりによってアナタ方でしたか…でも、ま、結果オーライってことで」
「…ふざっけんなぁッ!」
浦原さんに怒鳴る俺の腕を、しっとりと汗ばんだ手がやんわりと掴む。
「オヤオヤ、この短時間で随分心を許されてしまったようッスねぇ。…そりゃそうか。あれだけお熱かったんスから」
「見ていたんですか!!?」
「勿論。早いとこ出して差し上げないとー、って思って頑張ってたんスよ?そしたらまぁ、始まっちゃったわけで。まぁ、せっかくなんで、最後までやっちゃって下さい。部屋の鍵はー、『二人が同時にイくこと』に設定しときますんで。ではではー」
無情にも扉は閉じられた。

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